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第三話 恋にのぼせて頭パーン
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しおりを挟む「ニュっちって優しいでしょ」
九蔵は頷く。優しすぎるくらいに誰にでも優しいし、悪意の欠片も抱かないような根っからの善人に見えるくらいだ。
そう言うとズーズィはニマ、と笑って上目遣いに九蔵を見つめた。
「だから虐められてたんだよ。悪魔に」
「はぁ……っ?」
一瞬、怒りの混じった声が出る。
すぐに気を落ち着けたが、あんなにのほほんとしているニューイが虐められている姿を思うと、九蔵の胃の奥が茹ってしまったのだ。
どういうことだろう。いや、本人が自分はポンコツ悪魔なのだと言っていたが、まさかそれが原因なのだろうか。
「ポンコツってかね、悪魔ってのは欲望に忠実で悪ければ悪いほどイケてるっていう生き物なわけ。人間なんか食料にすぎねー。大事にするのは契約者くらいかな~」
「…………」
「でも、ニュっちは人間から魂を奪ったりできなかった」
ズーズィ曰く──ニューイは悪魔として生きることが苦痛なほど、優しい男だった。
悪こそ全ての悪魔の世界で、悪事を働くことが誰よりも下手くそな悪魔。
デーモンアカデミーに通っていた時から万年落ちこぼれのミソッカスという烙印を押され、ニューイは自分でもそうだと思い込んでいる。
クラスメートにポンコツ悪魔のダメっ子だとからかわれては、いつもカラコロと頭蓋を鳴らしてべそをかいていた。
それでも仕返しはしない。
どれだけ泣きべそかこうが、アカデミーを休んだこともない。
窃盗、騙し、カンニング、なんでもアリのテストで、ニューイだけは毎度せっせと勉強をし、前より点数が上がったとズーズィに答案を見せてはニヘラと笑う。
幼馴染みのズーズィはニューイをよく知っているので、それが全部歯がゆかった。
本当は、ニューイは誰よりも強いのだ。
悪魔の力を増やす人間の魂を食べたことのないニューイに、ズーズィは勝てたことがない。
皮肉なものだろう。
誰よりも強い素質を持っていたニューイが誰よりも悪魔に向いていないだなんて、腹の立つ世界である。
ちょいと小突いてやればいいものを、そうしないニューイを他人に虐められるのが我慢ならないズーズィは、自分で虐めることにした。
そんな生活の中でニューイの唯一の楽しみは、人間の世界を眺めることだ。
よくわからない趣味である。ズーズィや他の悪魔には生け簀にしか見えない。
『確かに人間は食料だと思う。だけど話し合える生き物を、悪戯に殺したりできないのだよ。他の悪魔に強いる気はないが……ちょこっと欲望を分けてもらえば、私は満足できる。私はそうして生きていきたい』
しかしニューイは笑ってそう言い、飽きもせず日がな生け簀を眺めては一人っきりの屋敷へ帰って行った。
ずっとそうやって暮らしていたのだ。
「だからね、ニュっちはイチルが、人間がやってきて、嬉しかったのさ。人間と暮らす幸せを知っちゃったわけ。もう悪魔が相手じゃ、ニュっちは満足できねーの」
「…………」
九蔵は黙り込み、静かに目を伏せた。
ズーズィが相変わらず軽く話しただけの、短くまとめた昔話。
けれどそこには、語り尽くせないニューイとイチルの何十年という思い出が詰まっている。
ニューイはそれを一瞬で失い、諦めきれずに咽び泣きながら追いすがったのだ。
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