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第一話 片想いと片想われ

13(sideニューイ)

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 ──パタン、と悲しげに閉まったドアの音を聞いて、残されたニューイは冷たい床の上に座り込んだ。


「はぁ……なんということだ……私は九蔵と……喧嘩をしてしまったぞ……」


 言葉にすると泣きたい気分になる。
 ニューイはそろりと這いやおら九蔵のベッドに顔を埋め精神の安定を図るが、効果は思わしくない。

 胸の内にあるニューイの心が、頭から地面に倒れ伏す。
 手足を伸ばした状態で伏せたまま「手前都合で要求を急いて九蔵を追い詰めた挙句に喧嘩をするなんてとんだグズ悪魔じゃないか!」と自分を責める。

 しかし別のニューイの心は、足と腕を不遜に組んで「けれど九蔵だってあんまりだろう?」と拗ねた。

 本体のニューイは確かに、と頷きたくなる。どちらも本心だ。嘘偽りない。

 わかっていてもニューイの胸は重さを増し、後者の心に同意したい欲求がじわりじわりと勢力を広げた。

 ──九蔵の考えは、よくわからない。
 反抗的な理由をシンプルに捉えると、その一言に尽きる。

 なぜならニューイははじめっから全てあけすけに明かした。
 自分がどうして九蔵と婚姻を結びたいのか。九蔵のどこが好きなのか。自分が九蔵をどう思っていて、どうしてほしいのか。

 自分はとても真摯だ。
 それだけ本気だからだ。

 ならばこの生活において、真摯じゃないのは九蔵のほうだろう。火を見るよりも明らかじゃないか。


「私は九蔵を愛しているのだから、同じように歩み寄ってほしいと思うに決まっている。それをあんな無機物にばかり構って、私とは目も合わせない……最後には、他人と一緒にいるのが疲れると言った。ちっともわからない。一人のほうがずっとつまらないに決まっているっ」


 九蔵の前ではしおらしく子犬同然だったニューイは、自分を良く見せたい相手である九蔵がいない部屋で一人憤った。

 九蔵がニューイのことを他人・・と言った。恋人だった・・・・・のに。ニューイの気持ちを知っていて、そんな表現で距離を取る九蔵は酷い。

 それに「本当は疲れる」と言った。
 本当は? これまで本当のことを言っていなかったのか?

 九蔵がなにかを我慢してその疲労を隠していたことなんて、ニューイは今の今まで知らなかったのである。

 知らないから知ってほしいのか? ──いや、それなら日頃言えばいい。

 なら知られたくなくて黙っていたくせに、今更知ってほしがったのか? ──いいや。そう思っていたならあんなにも後悔で染まった顔はしなかったはずだ。


「九蔵は心から言いたくなかった……なのに、言った……本当は思っていたことを、私に怒鳴った……それはなぜだ?」


 九蔵のベッドにしがみついて考えたところで、やはり答えは浮かばない。

 ニューイは一途で真っ直ぐだ。
 寂しいと感じたから伝えた。我慢できないほど恋しく、無機物にすら自分は劣るのかと悲しくなった。

 だから九蔵にもっと自分を見てほしい、もっと自分を愛してほしいと伝えた。わかりやすく伝えた。

 なのに九蔵は、そもそもがわかりにくい。自分のことを話さない。
 かと言って、言葉にしないくせに〝察してくれ〟とこちらに求めることもない。ただ粛々と器用に一人で生活している。

 ニューイなんて、必要ないとばかりに。


「キミは……イチルは、そんなふうじゃなかったじゃないか」


 困惑の混ざった独り言が溶けた。

 悪魔にとって、人間の判別材料は魂だ。身体と魂は違う。同じ魂なら、同じ中身だと判断する。それが常識だった。
 ならなぜイチルと同じはずの九蔵が、イチルと同じような性質ではないのだろう?


「イチル……イチル……」


 ニューイは擬態が解けそうな頭蓋骨をカタピシ、と軋ませ、苦しむ。

 イチルの生まれ変わり。
 個々残 九蔵。……九蔵は、冷たい。

 共同生活に必要な説明やあいさつ、こちらへの要求をしないわけではないが、もっとプライベートなコミュニケーションはちっとも温かくない。


『ならこんな魂なんか諦めて、さっさとお前を愛してくれる人間を探してこい!』

 ──それができないから、キミじゃないと愛せないから……私はこの地上で、人の姿をしているのだよ。


 きっと九蔵は、どうでもいいのだ。
 自分が本気で九蔵を愛していることなんて、どうでもいいのだ。

 九蔵の思考回路の理由を決めつけて、ニューイはカラコロと骨の芯を歪ませながら、寒々しく崩れてしまいそうだった。──そんな時。


「やっほー、ニュっち」


 突然ベッドの下から、軽薄な若い男の声がささやかな声量で聞こえた。




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