本日のディナーは勇者さんです。

木樫

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十五皿目 正論論破愛情論

52(sideキャット)

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 キラキラと目を輝かせて言葉を失いはしゃぐ俺に、ゼオ様はまた呆れたため息を吐いた。

「まぁ俺たちは弱いから逃がしましたが……強い人が捕まえましたから」
「強い人……?」

 しれっと告げられた言葉。

 キョトンと目を丸くする。
 自分たちの他には誰もいないし誰の気配もないというのに、誰が後を追ったのか。

(うぅん。ゼオ様の分体はタロー様を追って霊法の闇の中に取り込まれてしまったし、ゼオ様本人はここにいるし、そもそも分体は本体より弱体化するし……)

 悩ましく思っていると、支配空間のほつれからビシッ、と大きな亀裂が入り、俺達を閉じ込めていた見えない結界が崩壊し始めた。

 それはつまり、魔王城へ生きて帰れるというわけである。

「あ、あれっ? なにもしてないのに……!?」
「あぁ。解決したみたいですね」

 けれど俺はキョトン顔をポカン顔に変えただけで、全く状況が理解できていない。

 本来なら術者を戦闘不能にするか結界を打ち破るくらいの魔力をぶつけるしかないはずが、ただゼオ様にお姫様抱っこで傷を冷やしてもらっているだけで解放されるなんて。

 まさかだが、ジファー様は邪魔な俺を殺そうと決めてそうしようとしたのに、能力を解除してくれたのだろうか?

 いや、いや、そんなのありえない。
 精霊族が自分たちのルールを曲げるわけない。絶対に、絶ッ対にない。

 慌てる俺に対して、ビシッ、ビシッ、と崩れていく空間を悠々と歩いて出口に向かうゼオ様は一切動じていない。

 流石〝冷血〟。またの名を、ミスターポーカーフェイス。

 俺がガド様にお借りした本で学んだ知識と現状を訴えても、なんのその。

 罠かもしれないと訴えても、無表情でシカト。すっかりいつものゼオ様だ。

 俺の翼を冷やし続けてくれているこの手は別のゼオ様のものなのかと錯覚しそうなくらい、魔力を纏っていないのに態度も冷たい。

「ぜ、ゼオ様、外部から見えないこの結界は、壊せないんですよ! 現にゼオ様が内側にいたから崩せたんですよねっ? 魔王城の皆さんは俺たちがここに閉じ込められていることすら知らないはずなのに、いったい誰が助けてくれるって言うのですか……!?」
「魔力枯渇寸前で自己治癒力も低下している満身創痍のくせに、よく喋りますね。それだけ元気なら落としてもいいですか」
「あぅ、むぐぅ……」

 罠だったら危険です! と言い募っていると、絶対零度の淡々とした声音でバッサリと切られ、俺は口元を押さえて黙った。

 落とされても立てないから取り残されるというのもあるが、もう少し抱かれていたいという下心が大半だ。

 だって貴重なんですよゼオ様の優しさは! デレ期なんて皆無なんですからね! そういうところが好きです!

 脳内は騒がしいものの、表では従順に黙り込むと、ゼオ様は視線を前に向けなおす。

「さっきの本の話ですが、当時誰が高位精霊族の支配空間を打ち破ったか、ここから出ればすぐにわかりますから」
「むぐ?」

 不思議な白く眩い膜が張る空間の出口に足をかけ呟かれた言葉がよくわからなくて、小首をかしげた。

 ゼオ様は理解していない俺の様子に構わず、出口の膜へ飛び込む。

 濃厚なシャボンに突っ込んだような感覚の後──白んだ視界にギュッと目を瞑ると、ようやく慣れ親しんだ空気を肌で感じることができた。

 草の匂いがする。ここは外か。
 俺の部屋の外なら、裏庭だろう。

 魔王城の土地から溢れる魔力が俺の体に馴染み、尽きていた魔力が少しずつ回復するのがわかる。

「……は、俺……」

 あぁよかった。帰ってきた。

 敵を取り逃がした罪は重いが、どうしたってこの騒がしくも愉快な魔界らしさ満載の城は、俺の居場所だから。

 泣きそうになりながらそっと目を開け、俺は安堵に満ちた微笑みを浮かべた。

 が。


「──キャット、ゼオ! あなたたち、無事に外に出られたのですね。まったく心配をかけて……!」


 その視界に真っ先に映ったのは、魔王城一温厚な人として知られるお方が、取り逃がしたはずのジファー様の髪を掴み、地面を引きずりながらこちらにむかって歩いてくる姿だった。



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