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十五皿目 正論論破愛情論

47(sideキャット)

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 俺の中に、狙いがタロー様である可能性は浮かんでいた。タロー様を連れ戻そうという、そういう目的である可能性だ。

 それが自国の民を迎え入れるものであれば、問題なかった。
 精霊族は排他的な代わりに、同じ種族の者は大切にする。

 だけどジファー様の様子は、そうは見えない。助けてとも、戻るとも、タロー様はなにも言わない。言えない。

 俺の後ろで震えたまま、俯いている。

「副官、わかるだろう? それは魔族じゃない。俺は精霊族の高官。抵抗せずに渡してくれ。お前たち・・は傷つけずに元の世界へ返すと誓おう。両国の盟約にも、誓っていい。空軍長補佐官、理性的に考えろ? 国にとってどちらがいい選択だ?」
「……っ、事情はわかりませんが……正しいことは、わかります。貴方の言うことは、正しい。正解だと思う」
「そうだ。賢いじゃないか」

 彼の提案を受け、俺は空軍の二番手として、思ったとおりに答えた。

 こういうということは、精霊族は魔族の敵ではない。同盟国としての立場は変わっていないのだろう。

 だとすれば、魔王様たちの状況もわからない今、俺が彼に反目することは許されない行為だ。

「貴方の望みは……タロー様、だけですね?」
「…………」

 そっと広げていた翼を体を抱くように収め、俺はタロー様を背に乗せた。

 彼女は抵抗しない。
 パペットを抱きしめた手ではないほうで、俺の肩に手を添える。

 この人をこのまま彼の元へ運び渡せば、俺は愛する魔王城に戻れる。なんら変化のない日々を送れるのだ。

「あぁ。俺はただ、それを返してほしい。俺の任務は、それを連れ帰ることなんだ。でないと俺は、王に気づいてもらえない」

 溜息を吐くジファー様は視線こそ俺の後ろに時折向けるが、それは逃げ出さないか確認しているだけで、瞳は冷たいまま。

 タロー様に意思確認なんてせず、まるでただの無機質な人形を見るようで、俺の胸のざわつきが激しくなった。

 ゴクリと唾を飲む。

 俺の脳裏に浮かぶのは、旅立つ前に俺を世話係に任命した時の、魔王様の顔だ。

 心臓の音が大きくなり、耳の奥から木霊した。時が止まったように感じる。

『──キャット、お前はタローの世話係二号だ。なにも特別なことはねぇ。いつも通りの不遜で必死なままでイイ。ただ、傷一つつけるなよ?』

 あぁ──……魔王様。
 俺の王。そしてタロー様の父の一人。

 この魔王城の皆様が大好きな俺は、もちろん魔王様もよくよく見ている。

 あの人は能力が、外側が最強だから、人に頼らない。

 その強固な外側を柔らかく崩し、むき出しの心に〝おいで〟なんて笑いかけられるのは、シャル様だけ。

 シャル様がいなければ、笑うこともできないんですよね。
 それだけ大事にしているから、シャル様だけを見ている、ように見える人。

 シャル様への愛情が大きすぎて、多くの人は気づいていないのだろう。

 俺も、ある日突然『お前、空軍長補佐官をやれ』だなんて直々に命じられて、初めて気づいたこと。

 ずっと、タロー様を守る世話係に選ばれたことも……幹部であることも、不思議だった。

 魔王様には、たくさんの不思議がある。

 俺は、貴族出身で魔力が多いだけで、気も強くなければすぐに迷い、悩む、弱い男。

 そんな俺を、どうして貴方の大切な家族の一番そばに置いたのですか?

 ふらりと消えて帰ってきた貴方が、突然直々に選んだ幹部。

 元々の幹部にも劣らず、クセの強いように見える彼らが、どうしてみんなあんなに強く、輝いて見えるのか、不思議でならなかったんです。

 何人にも興味がないのではなかったのですか? 誰も近寄らせないお方では? 冷たく、暗く、静寂の月。手の届かない月。

 そんな貴方は、魔王であることに嫌気が指していたでしょう?

 なのに──捨てようとは、思わなかったのですか?



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