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十二皿目 卵太郎、改め
09
しおりを挟むさて、アゼルとタローがボソボソと二人顔を突き合わせながら親睦を深めているなんて、気がついていない俺はというと、だ。
魔力のない生き物であるタローについて、長寿であるライゼンさんに思い当たる話を聞いていたりする。
「魔力のない魔族……。私は嗅覚の優れた種類じゃないので、魔王様の話の真偽はわかりません。けれど確か、卵のタローが流されて来た日は……洪水の翌日でしたね?」
「あぁ、そういえばそうだった。……もしかして、洪水で魔力が流れたのか? 川で洗濯はしてなかったんだが」
「シャルさん、魔力はシャツのシミのようなものではないです」
俺も思いつくことを言ってみたが、ライゼンさんに「お風呂に入っても流れ落ちないでしょう?」と至極優しく言われてしまった。
それはその……まさかそうなのかも、と思っただけだ。本当だ。
信じられないがというのが半分と、残り半分は本気だったので、少し恥ずかしくなった。
それもわかっていたのだろう。
ライゼンさんはふふふと笑みを浮かべ、事情を教えてくれた。
彼の話によると、魔族や精霊族なんかは種類にもよるが、学習能力が高いそうだ。
ずっと聞いていた言葉なら、話せるかは置いておいて理解できる。
魔族でいう魔物語──精霊族なら念話だが、それはスキルとして元々備わっているそうだ。
鈍い人間には受信することができないだけで、他種族はそれなりに言葉以外の会話方法を得ているということか。
体の成長速度が早いのも、そうして素早く力をつけて外敵と戦うためだ。
余談だが、天使は守りに特化しているので逆に成長が遅いらしい。
確かに空飛ぶ天界は、外敵に襲われにくいだろう。寿命も長い。
卵の中でタローくらい大きく育つには、タローの種類がわからないので一概には言えないが、概ね半年以上かかる。
ならば三ヶ月以上、大事に育てていた親がいるはずだ。
けれど魔王城に親らしき者からの音沙汰もないし、タロー自身も親を恋しがることもなく、むしろやたらとここが楽しい様子だった。
理由はわからない。
卵だから元の名前がないのか、タローは名前をつけた時も抵抗なく受け入れる。
俺とアゼルがお父さんなんだが構わないかと聞くと、手足をばたつかせて喜んでいた。
魔界では、子どもが洪水で流されたなんて噂もない。探している親もいないのだ。
タローは魔力がなくて、親がいなくて、見たこともない魔族の子ども。
そうして話ははじめに戻る。
ライゼンさんは難しい顔で「現状予測に過ぎませんが」と前置きをした。
「大規模な自然現象が起こると、魔界でも精霊が生まれることがあるんです。大抵自然系の精霊は流動的な外見なので、風に乗ったりして故郷に帰るのですが……もしかしたら、卵が生まれてしまったのかもしれません」
「んん……? 精霊には自然から生まれるものがある、のか?」
「はい。半数ほどは繁殖ではなく発生であり、親がいません。そうしてたまたまできた自然の卵が三ヶ月後、洪水で山が崩れて流され、シャルさんが拾われた、という。荒唐無稽ですが、タローが親を恋しがらずにシャルさんたちになついている以上、それしかないかと……」
「ということは、つまり……」
「タローは精霊だと思われます」
ライゼンさんはいつも通りの微笑みを浮かべていたが、顔色はかなり青かった。
それを見るに、この衝撃の結論は、ライゼンさんの胃痛を悪化させるものだったらしい。面目不甲斐なし。
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