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十一皿目 魔界立ディードル魔法学園
09
しおりを挟む「キャット、俺のことは名前でかまわない。お妃様なんていうのは、なんだか耳慣れなくてな……」
「そっ!? そんなのいけません! 魔王様の最愛の御仁であり、ガド長官のお気に入りである貴方様を名前でなんておっ、恐れ多い……!」
うん。確かに周りにあまりいない、典型的な魔族さんだ。
身分が上のような扱いが苦手な俺は気楽に接してもらえるよう言うが、彼は全力で首を横に振る。
表情をこわばらせてビシッと背筋を伸ばすキャットは、良くも悪くもゴーイングマイウェイな身分の高い魔族とばかり親しくしている俺にとって、新鮮だった。
能力値は違えど、俺の扱い方が城下の民のようだ。
触れたらこう、危険物が召喚されるような……主に魔王という。
「気さくな感じでいいんだが……」
そんな彼に申し訳なくなり、表情がころころ変わるキャットの緊張をほぐしてあげたいのだが方法が思いつかず、顎に手を当てる。
こういう時に使える手というのを、俺はあまり知らない。
なんせ人を楽しませるのは不得意で、面白い話もできないからだ。
すべらない話集なんて魔界にはないからな……。人間国から取り寄せておくべきだった。
「よし」
少し考えてから、手元にお菓子の袋を一つ取り出した。
実は毎日お菓子を作った後、ひと袋に満たなかったあまりがあれば、自分用に保管しているのだ。
今日のお菓子は動物型のビスケット。
日中の午後は週三ほどの頻度で暇を持て余していたりするので、少し前に工房の端材をもらって生地の型抜きをいくつか自作した。
クッキー型はアルミ端材でできるから、簡単だぞ?
現代ならアルミ缶を輪切りにすれば、好きな物が作れる。
だけど怪我には注意だ。
女性はせっかくの綺麗な手に傷がついてはいけないから、手袋をはめて無理のない範囲でするといい。
ちなみにこの世界には電球や電池なんてものはないが、それは魔法が存在するからである。
雷魔法スキルが存在するので、炎魔法スキルと合わせて電気分解し放題。ボーキサイトも精錬し放題なのだ。
なのでアルミは現代の前時代より早く安価供給されている。
閑話休題。……いや、そんな豆知識は置いておかねば。
名前呼びはできない! と断固断るキャットにビスケットを差し出して、にこりと微笑んでみせる。
俺の唯一の得意技といえば、餌付けしかないだろう?
「それじゃあ、甘いものは好きか?」
「はい、好きです!」
「ん。よかった、これを一緒に食べよう。俺が作ったビスケット……口に合うかどうかわからないが、まずくはないと思う」
「お……!? おおぉぉ……!?」
キャットは俺の差し出すビスケットを恐る恐る手に取って、感動で目を潤ませながら掲げた。なんでだ。
「お、お妃様のお菓子は数が少ないので、魔王城ではプレミアなんです……! レシピは門外不出で、厨房のシェフたちしか知らない代物……。中には人間国でも見ないような珍しいお菓子もあって、販売ダッシュが定石のレアメニューですよ! それがまさか本人から直接っ、お、おれっ、うっ、嬉しいです……っ! 今日は俺の甘味記念日にするぞっ!」
「うん……!? そ、そうか?」
しかしながら、意外や意外。
俺の予想と違う方向で喜ばれ、褒められると照れる俺は素っ頓狂な声をあげてしまった。
いや、謙遜ではなくだな、現代を思うととてもそんな価値があるように思えないぞ?
俺の祖母のクッキーや近所のケーキ屋さんのプリンは最高だった。
けれどキャットは子どものようにはしゃぎ、褒めたたえてくれた。嬉しい。
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