上 下
532 / 901
九皿目 エゴイズム幸福論

84(sideアゼル)

しおりを挟む


「クックック、やァいバカップル」
「っ、ん、んん……っ! ぷはっ」
「んむ」

 そうしてせっかく幸せに浸っていたのに、突然邪魔をする声が聞こえて、シャルが返事をしようと俺の胸を控えめにペシペシと叩いた。

 仕方なく唇を離す。
 邪魔したやつは、銀の竜。

 上空の敵はとっくに殲滅して誰もいない空中で、竜人化したまま翼だけを出して近寄ってきた男は、今回の立役者だ。

「ガドっ、怪我はないか……!?」
「ないない。かすり傷オンリーだぜェ」

 でも魔力すっからかん、とにんまり笑ったガドは、嬉しそうにシャルごと俺たちを抱きしめた。

 その体温はずっと空にいたからだろう、少し冷たい。
 なのにひどく温かくて、……悪くはない。

「よかった……。無理はするな。ずっと、痛まないでくれ……」

 シャルが腕を伸ばして、俺とガドの首をそっと抱き寄せる。瞳を閉じて、俺たちの体温を噛み締めるように、愛おしむように抱く。

 ガドが機嫌よく尾を振った。

「お前が魔王に愛されたから、俺はここにいる。ここに至るまでのプロセスは、お前がお前だから築きあがったものだ。忘れても消えない、俺たちが証明。わかったな?」

 間延びしない、言い聞かせるような断言する言葉。

「ああ、自信を持つ。俺は、とても……愛されている」

 シャルの、甘い声だ。
 いつもの、俺を愛する声。

 俺を好きでたまらない、自分は幸せだって心が溢れ出して、それが音になって俺に贈られる。そんな声。

 ガドはひとつ頷いて、俺を見る。

「そして、シャルがお前を愛したから、お前は愛される幸福を知った。そして、愛する幸福を知った。強がりだったくせに、俺達の前でも構わず泣いたほど譲れないもの。そうだろ?」

 俺はガドを見つめ直して、頷く。

「ああ、二度と離せねぇ。俺に幸福を教えたのは、シャルだ」
「よし!」
「ふん」
「ん」

 俺たちの返答に満足して、ガドは俺とシャルの頭をバシッと叩いた。

 正確には俺だけをバシッと叩いて、シャルの頭はそーっとなでた。音すら鳴っていない。そんな愛のムチだから、俺も止めなかったんだけどよ。



 ──魔族でも、天族でも、人間でも。
 感情を抱いて生きていれば誰にでも、誰かを想って論じた幸福論がある。

 シャルは俺を想って、忘れたままでいいと言う覚悟を決めた。

 俺のために笑って、精一杯気丈に振舞って、いつも俺を優先して自分の感情を押し殺し、仮面を被ってでも諦められないから、また一から始めようとした。

 それはシャルの考えた、エゴイズム幸福論。

 俺は仮面を被ったシャルへ疑心暗鬼になり、離れていくのが怖くなって、愛のなんたるかもわかっていないくせにその真似事をしようとした。

 フリでも愛してやれば、それでそばにいてくれるのだろうと思った。
 それは忘れた俺の、エゴイズム幸福論。

 そして今の俺は──シャルの幸せを願っているように見えて、本当は違う。


『俺の最優先は、シャルが俺のそばで・・・・・幸せであることだ』


 俺から離れないで、俺の隣で、シャルが笑っていられるように。
 俺がシャルを愛して、シャルが俺を愛して、そんな毎日が続くように。

 それがお前を愛した俺の、エゴイズム幸福論。

 ──なあシャル。どうだ。
 俺は、ワガママを言うのが得意だろ?

 胸の内のセリフを開かない箱にしまって、厳重に隠す。

 言ってもお前は受け入れると知っているが、わざわざ呆れられるようなことは言わねぇよ。格好つけていたいだろ?

 俺は、優しくない。本当の俺は、お前を知らないあの俺だ。

 だけどお前は、優しいから。
 お前が俺を、愛したから。
 お前がそうするから、こうしないから。

 そうやって考えれば、俺は上手に生きていけるんだよ。
 お前に愛されたいから、優しくなったんだ。

 シャル。俺の愛する人。

 わざわざこんなに上空まできて、宣言通りに天界の城の周囲に大規模殲滅魔法を放つのは、下の惨状をなるべく見せたくないから。

 しばらく手を出せないぐらい壊さなければいけないが、俺がそんな酷いことをしているという実感を、持たせたくない。

 小賢しいことをしてまで、俺はまるごとお前に愛されていたいんだ。

「シャル、愛してる」
「ん……? ふふ、アゼル、俺も愛している」

 全てが終わってそう言うと、シャルは微笑んでとびきり愛をこめて俺を呼び、愛を告げてくれる。

 幸せでたまらなくなって、俺は笑う。

 だから、これが正解の幸福論。
 この世でたった一人の、俺を世界一の幸せ者にできる人。

「帰ろうぜ、俺たちの居場所へ」
「ああ。──帰ろう」

 ──さて。
 最後に笑った、真のエゴイストは?


 九皿目 完食



しおりを挟む
感想 215

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

俺の義兄弟が凄いんだが

kogyoku
BL
母親の再婚で俺に兄弟ができたんだがそれがどいつもこいつもハイスペックで、その上転校することになって俺の平凡な日常はいったいどこへ・・・ 初投稿です。感想などお待ちしています。

処理中です...