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九皿目 エゴイズム幸福論

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 自分の手を引き戻し、するりと指輪を引き抜く。

「忘れてもいいぞ」
「!?」

 今度は同じように、アゼルの指から指輪を引き抜きながらそう言う。

「忘れてもいいし、嘘にしてもいい」

 なにもなくなったアゼルの左手薬指に、俺の指輪をはめる。

「後でなかったことにして、笑い話にしてもかまわない」

 それからようやく、持ち主の手に指輪を返す。

 アゼルの左手には指輪が二つだ。
 俺は持っていてもあげる人なんて他にいるわけがないから、アゼルがいらないのなら俺にもいらない。

「シャ、ル」

 飼い主の背を見る捨て犬のような顔。
 まるでいじめているようで、肩をすくめて困ったように笑ってみせる。

 だけど俺は、失ってわかったんだ。
 どんなに愛し合って誓い合ってもどうにもならない時はあるし、そうしたくなくてもそうなってしまうことがある。

 俺を愛してくれているのは重々承知だ。
 お前の涙は嘘なんかじゃない。

 ただ、未来がわからないだけ。失わないとその大切さがわからないのは、愚かな人間の特権だから許してほしい。

 今がどれほど尊いものなのか、お前がかけがえのないただ一人の愛しい人なのか。そしてそれが、どれほどあっけなく……消えてしまう、儚い幸福なのか。

 わかってしまうと、俺はこんな予防線を張ってしか、もうワガママを言えなくなってしまった。

 消えてしまうかもしれないとわかった上で、今を大切にする。
 消えてしまうかもしれないなら、なるべく身軽な俺でいたい。

 いつか、お前の重荷にならないように。

「冗談でいいから……ずっと俺を愛してると言って、それを俺にくれないか? 新しい誓いの言葉は、お前が考えてくれ」

 静かな声でそう言うと、アゼルは瞬きほどの刹那も迷わずに、俺の左手のあるべきところに自分の指輪を収めた。

 俺はわかっていたから、バツが悪くて眉を垂らす。

 記憶が戻ったなら、絶対そうする。
 わかってて俺はいちいち回りくどいことを言ったんだ。この絶対の信頼と愛情が失われた恐怖で、臆病になっているだけ。

 アゼルは潤んでいた目をこすって、涙を拭う。
 そして真っ赤な瞳は、俺を睨んだ。

「……お、お前のことだけ、俺はわかるんだぜ。だからお前がどうしてそんなことを言ったのか、ちゃんと、わかる」
「あぁ……そうか。わかっちゃったか」
「当たり前だろうが。知ってんだよ。お前が、……自分のワガママを言うのは、うまくできない大馬鹿者だって」
「できるぞ? 今やった」
「ド下手なんだよ、馬鹿シャル。俺が手本を見せてやる」
「ん」

 トン、と背中を抱き寄せられ、俺はアゼルの首に腕を回す。
 すると耳元に唇が触れ、内緒話をするように告げられる、新しい俺達の誓いの言葉。

〝もし片方が忘れたら、なにがあっても必ず思い出させること。
 決して嘘にならないよう、命懸けで愛すること。
 なかったことにならないように、指輪の返還は不可能だということ。
 そして笑い話ではなく、ノロケ話にすること。〟

「──以上をどんな時も遵守の上、死んでも、その後も、俺が俺である限り、シャルだけを愛することを誓います。……これぐらい言わないと、俺へのワガママには不足過ぎるぜ」

 ついさっきまで泣いていたくせに、俺が弱るとみるや、アゼルは途端に元気づけようと強気になる。

 その言葉がおかしくて、俺はついふふふと笑ってしまう。

 ダメだな、俺とお前が揃ったらどうしても締まらない。
 俺たちはいつだって、子どものように泣きじゃくってしがみつく羽目になっても、結局こうやって綺麗にまとまらない結末を迎えてしまうんだ。

 だけどそれが、愛おしくて仕方がない。
 お前のそばにいることが、俺の〝大丈夫〟。



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