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九皿目 エゴイズム幸福論

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 バァンッ! と片側が外れた大きな扉を、瓦礫を弾き飛ばして開く。

 天井が崩れ落ちたそこは、見上げるとどこまでも澄んだ青空が広がっていて、戦場には似つかわしくない眩い晴天。

 足を踏み出す俺に冷たい風が吹き込み、頬をなでる。
 そんな晴れ渡る空を飛び、光速で切り合う二人分の影。

 攻撃が互いに集中してる間に懸命にそれを目で追って、もうずっと見ていないような気がする人を、確かに見つける。

 それは夜色の髪の、魔王様。

「っ……!」

 横たわった巨大な柱の残骸に飛び乗り、空へ突き出た上端に向かって駆け上る。

 ──早く、もっと早く。

 ──瞬き一つ分でも早く、駆け寄りたい。

 キィンッ! と二人の間で金属音が響いた。
 苛立つアゼルが無感情な瞳で天使を見下し、手のひらをかざす。

「チッ……闇、千本槍。突き刺せ」
「アハハハハハハハ!!」

 俺の目では追いつけない速度でぶつかり合っていた二人が離れ、言葉とともに放たれた多数の黒い槍が、弾かれた三対の翼を持つ天使に向かって襲いかかった。

 攻撃を受けてなおも高笑いをする天使は、それをすべて捌こうと地上で剣を振るう。

 剣撃の余波で土煙に巻かれながらも、俺は攻撃を放った男に駆け寄り、空中に足場にする魔法陣をばら撒いて、一歩一歩、踏みしめながら飛ぶ。

 そしてアゼルに近づくにつれてはやる心が我慢を超え、隠密スキルが瞬きと共に解けた。

「……っ!?」

 その瞬間──彼は俺が迫る方向に気付き、パッと振り向くと、凍りつきそうなほどの無表情を別人のようにくしゃりと歪める。

 ぎゅっと眉間にシワを寄せ、情けなく眉を垂らす愛おしい面差し。

 真っ赤な瞳は見る間に膜を張り、俺に向かって腕を伸ばしただけで、溜まった雫はポロポロとこぼれ落ちた。

 その……子どものような、泣き顔。
 俺の知っている、貴方の泣き顔。

 両腕を伸ばして飛び出す俺の頬を同じものが熱く伝い、ここが戦場だとか、記憶喪失の行方だとか、それら全てを忘れていく。

(アゼル、あぁ、アゼル、会いたかった……っ)

 悲哀を隠すための仮面ではない、心の底からの笑顔を浮かべて、伸ばされたその腕の中に飛び込んだ。

 さあ──あの日の続きをしよう。


「おかえり、アゼル!」
「ただいま、シャル!」


 どうだ、天使。
 俺たちは最強無敵のポンコツたちだろう。

 これはな、もう悲劇じゃない。二人揃ったなら、俺たちは向かうところ敵なし。どんな悲劇も、ただの壮大なノロケのストーリーに変わってしまう。

 俺以外にとってのハッピーエンド? 知るか、そんな戯言。忘れたぞ。俺もあいつとおそろい。記憶喪失になったのさ。

 だってこれは、俺の物語。

 ──俺のハッピーエンドだッ!




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