本日のディナーは勇者さんです。

木樫

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九皿目 エゴイズム幸福論

69(sideメンリヴァー)

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 天王に呼び出されてその任を任された時は、勝ちを確信していた。

 精神的に不安定な魔王一人。

 万全な天界でなら、もし暴れだしても殺すことはできたかもしれない。

 それももう、こんな展開になっては叶わないが。

 とにかく記憶の返還は天王でなければできないと嘯いて、奴らは玉座の間で待たせてある。

 目的がわからない以上、せめて記憶は戻さなければ。

 流石に目の前で突然というのはおかしいので、なんとか不自然に見えないよう、パフォーマンスが必要だ。

 そうなれば優位はこちらなのだ。

 幸い人質は確保してある。
 それも運のいいことに、先に痛みと恐怖を叩き込んでおいた。逆らうことはないだろう。

 奴らが一斉に攻撃を始めたらひとたまりもないが、人質がいれば大人しくなる。

 それに賭けるしかない。

 メンリヴァーは自分の騎士団を腹心に任せ、地下の拷問部屋へ焦燥を滲ませながら向かっていた。

 薄汚れた通路を前の愉快な気分ではなく、苛立ちに染まった気分で駆けていくと、すぐに重厚な鋼鉄の扉が見える。

 聖力を通さなければ開かない鍵に手をかざし、呪文を唱えて鍵を解除した。

 急いで扉を開いたが、メンリヴァーは直後に、自分の目を疑う。

「な……ッ!?」

(あの男が──いない……!?)

 磔台に拘束され、おどおどとこちらの挙動を伺って怯えることしかできなくなっていたはずの人間が、影も形もないのだ。

 メンリヴァーはすぐに磔台に駆け寄って台に触れ、異常がないか調べた。

 その裏や天井、部屋の隅を確認し、壁を伝って丁寧に壊された跡がないかも探したが、一向に手がかりすらみつからない。

 何度見てももぬけの殻。
 煙のように消えたのだ。

「け……形態変化もできない人間に、そんなことが……っ? まさか、新型の魔法か、もしくは我らの知らない魔導具……ッ!?」

 頭を抱えたくなる。
 そんな馬鹿な。嘘だ。

 タイミングが悪い。
 魔王とあの人間が通じていたのかと言うくらい、タイミングが悪すぎる。

 ──こんな、魔王の一軍が訪問してきたなんていう一大事に、切り札が逃げ出すなんて有り得ない……!

「馬鹿げてるッ」

 メンリヴァーは声を荒らげた。

 魔力を持たない天族に、魔力を感知する聖導具はつくれない。

 そして魔導具を作れるような魔族は、戦闘力ではなくそういうものにたいする耐性が高く、操るのは難しい。

 本当に人間がこの密室から逃げ出せるような新型の魔法を扱えるなら、見つけることは容易ではない。

 それに、この拷問部屋は牢獄ではないので、対象のそばを離れる前提ではないのだ。

 複雑な鍵ではなく、聖力を通せば開く鍵……──そうか、人間の神官は聖力を扱える。

 人間は両方を扱えるのだ。あの男がそれを持っていても不自然ではない。

 ならば脱走したのはこの扉からだろう。
 急ぎ、ここを起点とするルートに包囲網を敷かねばならない。

「クッ! 虫ケラ風情が、舐めた真似を……ッ!」

 メンリヴァーは急いで踵を返し、魔王軍の攻撃に備えている城の兵士の一部を、捜索隊にあてるプランを練り始める。

 前半の好調をあざ笑うかのように、計画はもう誤算だらけだ。

 ──魔王。

 なぜ何も知らない他人のような人間の為に、軍を動かして乗り込んできた?

 天界と戦争することと、わずかな記憶と脆弱な人間を取り戻すことが、天秤にかけられたとでも言うのか?

 いくら強いといっても、無傷では済まない。
 死んでしまうかもしれないんだぞ?

 ──人間。

 なぜ突然愛する人に全てを忘れられて、絶望しない?

 そのせいで命を終わらせ、無理矢理蘇らせられ、死ぬことを許されない苦痛を味わい、地獄を見ているじゃないか。

 それなのにまだ抗うのか?
 愛することをやめてしまおうと、思わないのか?

 ──理解できない。

 愛というのは美しいものだ。

 手に入れるために邪魔なものを排除して、計算を組立て、スマートに幸福を手に入れるのが恋というものだ。

 そうして生まれるのが愛。
 こんなものは理解できない。

 お互いが悲しみ、不安になり、迷って、泣いて、苦しんで、間違って、地を這う。

 泥臭くて、血にまみれて、無様で、格好悪くて、傷だらけで、後先も考えない。

 なに一つ美しくない。

 子どもが欲しいものを諦められないと世界にダダをこねているような、自分勝手な馬鹿どもだ。


(どこだ……!?)

「我らの誤算はどこからだ……ッ!!」


 組み上げてきたものが完成間近に崩れ落ちていくのを感じながら、メンリヴァーは必死に思考を巡らせる。

 だがどんなに考えても、この最悪の展開を打開する起死回生の一手を考えつくことができないまま、城の中を駆け回るしかなかった。



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