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九皿目 エゴイズム幸福論
66(sideアゼル)
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中庭で魔力暴走を起こし死毒に冒されながら泣き倒れた後──目を覚ますと俺は、自分の部屋のベッドにいた。
ガドの毒は本人の治療ですっかり抜け、眠っていても自己治癒したらしく、体は健康そのものだ。
その本人は、ベッドサイドで尻尾を揺らめかせて、ニマニマと俺を見ていた。
ボロボロだったガドは、後に駆けつけたライゼンに治癒魔法をかけてもらったらしい。
元通りの姿でのんびりと笑うものだから、気を失う前の出来事を思い出した俺は、酷く取り乱して深く頭を下げた。
謝ることも加減がわからない。
謝罪の言葉は〝ごめんなさい〟だと知っていたために、それを繰り返す。
けれどガドは俺の頭を叩いて、ノーサンキューと口元に指でバツを作った。
「謝るなよゥ」
「っ、だけ、ど、俺は……っ」
「ヤダ、嫌だァ~。だって昔、ちびっこい俺は魔王にハチャメチャしたけど、謝ったことなんか一回もなかったぜィ? 喧嘩したのはお初だけどな、アレはソレと同じ」
「ンなの……お、同じ、なわけ……俺はお前を、守ると、名付けたのにだ、俺が守ると、いう意味で。……あんなことを言って、みっともねぇ、俺は約立たずのクソ野郎だ……」
「うん。……魔王はなー……シャルもなー……自分の甘やかし方がわかんねェから、二人揃わないとダメなんだなァ……」
俺が謝ることを許さないガドが、頭をガシガシとかいて呆れたように笑う。
──シャル。
それは、俺が泣いて恋しがった存在だ。
顔を上げ、ガドを見つめる。
俺はガドも、シャルも傷つけた。
謝る相手はまだいるのだ。一番謝るべき相手が。
「……シャ、ル。……ガド」
「ン。ダメ。自分を嫌っちゃダメだぜィ? シャルに叱られちまうよぅ。シャルの一番大切な人を、貶しちゃダメだ」
「いち、ばん」
コクリと頷いたガド。
ガドはゆっくりと口を開き、シャルが逃げ出した夜に見たことを、こと細かに全て教えてくれた。
シャルが笑って俺を慰めて去っていった後、どこへ向かい、なにをしていたのかを。
その内容は全て、俺の罪状。
俺は大丈夫だという時は、ちっとも大丈夫じゃないアイツ。
無理に思い出さなくてもいいんだと言う時は、俺を忘れないでと泣いているアイツ。
『……おやすみ』
最後の言葉は、そのおやすみは、きっとアイツが壊れる時の、音のない音だった。
最後の瞬間まで、アイツはずっと俺に笑いかけていたから、俺はちっとも気がつかなかった。
忘れた俺は見抜けないから、キチンと騙しきって、壊れてしまったのだ。
俺の目は、とんだ節穴じゃないか。
愛する人の記憶がなくなっても、泣きもしない薄情なやつだと言ったのは誰だ?
笑うシャルに能天気なお花畑野郎だと言って、ちょっと心を開いたら相手がそうじゃないと勘違いして勝手に暴走して、うじうじと怯えていたのは誰だ?
そのくせいなくなったら今度は優しさの名残を追いかけ、今更惜しんで、迷子みたいに探し出して。
逃げ出したのだと思った途端、存在ごと投げ出して背を向けるような大罪人は誰だ?
(……俺、だ)
アイツは俺が失った記憶を、幸せな記憶だと語った。
俺に深く愛されていて、それがどれほど幸福を齎したのかを。
もしかしたら……俺はどこかで、アイツを神かなにかだと思っていたのだろうか。
優しいなんて言って、優しいアイツだから当然、どんな苦しみもこらえて笑うと?
そんなわけがない。
俺の知らないところでそうやって理不尽に怒りそうになり、俺を責められないと葛藤し、泣いて困らせまいと、虚勢と矜持を奮っていた。
シャルは普通の……ただの、人間だ。
知っていたはずだ。
アイツが他の人よりほんの少し優しいだけの、ただの弱い人間だということを。
自分の気持ちと俺の幸せと、この先の不安や過去の愛にひたすら悩み、どうしようもないと立ち尽くし、笑うことしかできない。
強いフリが誰より上手いということを。
忘れたんだ。
俺は忘れたんだ。
──違う。
奪われたんだ。
「……は……、っ……」
俺は言葉を失って、体が震えて、頭を抱えて、死にたくなるほど後悔した。
言葉の裏側がわからないから、わからないそれをわかろうと必死に考え、間違い、俺は疑心暗鬼の世界を生き続けている。
そんな中で、言葉に裏がない人が現れた。
真っ直ぐに感情を伝える人だ。
シャルの裏を考えたがために、俺はたくさん傷つけた。
そばにいて、本当の笑顔で笑ってもらう対価として、シャルが求めていたのはただ一つ。
『名前を呼んで……愛していると、抱きしめてくれ……』
それだけだった。
俺は力尽くで叱り飛ばされてから、ようやくアイツの──シャルの心を、ほんの少しだけ理解できたのだった。
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