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九皿目 エゴイズム幸福論
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しおりを挟む「ほら、治療してもらったらいうことがあるだろう?」
「はぁ……はぁ……ぁ、ありがとう、ございます……、はぁ……」
「礼儀を弁えろよ? 貴様はなんだ?」
「て、天使様、の……オモチャ……です……」
「初めからそう自覚していればよかったのだ。まったく、ウスノロの人間は覚えが悪くて躾が大変だな」
メンリヴァーは狂いそうな苦痛の中、心の折れた俺を玩具に仕込んだ。
そうして満足そうに腕を組み、怯える俺を眺める。
俺はそれに一言の口答えもなくビクビクと痛みに恐怖して、求められるがままの返事を返した。
初めは嫌だ、やめてくれ、帰してくれ、殺してくれ、と騒いでいたが、そのたびに痛めつけられ俺は徐々に自己を押しつぶしていった。
痛みは生物全てが恐れる感覚だ。
危険を知らせる信号。逆らってはいけない。
そんな反抗的な憎い小虫を従順な人形に調教するおもちゃ箱に、重厚な扉をノックする音がした。
「入れ」
「……ソリュシャン王子殿下、陛下がお呼びです。魔王を天界へ呼び寄せる件で……」
ガチャ、と扉が開き、姿を見せたのは俺を攫ったあの天使だった。
俺は沸き立つ感情を殺して無反応を装い、新たな天使の登場に震える。
確か、ウィシュキス、だったか。俺を生き返らせた、命の恩人になるのだろうな。
「お父様が? ……チッ、いいところを。あの方は実の子どもの僕でさえ、なにを考えているかわからん」
「そうおっしゃらず。陛下は温厚で優れた天王でございます。陛下の申されることに間違いはありません。それに貴方様を害するものは、私がお相手いたします」
「わかっている。お父様は考えが読めないが、誰よりもお優しい。行くぞ」
「は」
天王に呼び出されたらしいメンリヴァーは、ウィシュキスを連れて部屋を出て行く。
だが去り際に疲弊しきった俺を睨みつけ、「安心しろ、これで終わりじゃない。後でたっぷり遊んでやる」と言い残して去っていった。
俺はビクッと体を跳ねさせ、泣きそうに顔をくしゃくしゃにして俯き見送る。
「…………」
自分の血で赤く染まった石畳を、強く睨みつけながら。
しばらくは、ぐったりと貼り付けにされたまま、黙っていた。
拷問部屋の中はシンと静まり返って、誰もやってこない。
そっと顔を上げて、こわごわと周囲を伺う。
「だ、誰か……誰かいないか……っ?」
すがるようにそれなりの声量で叫ぶ。
それを何度か繰り返してみたが、やはり誰もやってこない。
おそらくさっき言っていたとおり、アゼルをおびき出す作戦会議をしているのだろう。
魔界が厳戒態勢であるように、出方によっては魔王を迎え撃たなければならない天界も兵士を総動員しているのだ。
「……ふぅ」
俺はそう仮定してから、すぐに自分の枷の具合を確かめる。
ならば今が、最高の好機。
この部屋は拷問部屋で牢屋ではない。
アゼルに憎悪にも似た執着を抱いているメンリヴァーが、アゼルに選ばれた俺を痛めつける為にここを選んだ。
当然強度はかなりあっても、閉じ込めることを想定はしていない。
そして俺を捕らえてから記憶の返還、おびき出しと重要な事項が連続して、バタバタと忙しないこのタイミングが一番隙がある。
記憶の消去と俺の捕獲が終われば、後はどうにかなる。
そんな成功目前の状況が、最も油断しているはずだ。
「……天界の思い通りには、ならない」
諦めているわけがないだろう?
俺はアイツに関しては、自分でもバカだと思うくらい、諦めが悪いからな。
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