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九皿目 エゴイズム幸福論
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しおりを挟むそうしてどのくらい長く語られていたのか、知れない。
処刑を待つ囚人のようになにもかもを諦めた表情の俺に、歪んだ笑顔を浮かべたメンリヴァーがそっと美しいご尊顔を寄せた。
「偽善なのだ、貴様の愛は。自己犠牲に酔いしれながら、それが周囲を傷つけるとは気づかない偽善者。僕がどうしてわざわざこんな場所に足を運んだと思う? 貴様に身の程を教えてやるためだ」
するりと滑り、顎を掴んでいた手が離れる。
メンリヴァーは笑みを浮かべたまま、腰から武器というより調度品のような華美な、白銀のレイピアを引き抜く。
そしてその切っ先で──俺の腿を、ドスッ! と突き刺した。
「ッ、ぅ……ッ!」
「くっ、くははははっ! 痛いか? 安心しろ、天族は治癒を得意とする。貴様は大事な人質だからな。貴様の四肢を指先からひき肉にしようとも、すぐに元通りにしてやろう! そうして何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もッ!」
更にドスッドスッドスッ! と言葉と共に重ねられる刺突。
「ああぁぁッ……!」
「僕の魔王を愛した愚かさを懺悔するまで、激痛を与えてやるぞ。ここはな、牢獄ではなく……拷問部屋だ」
赴くままに突き刺される腿の傷から流れた血で、俺の足元に血だまりができていく。
体と心を傷つけてようやく、メンリヴァーがレイピアを引き抜き、俺の頬で血を拭って腰の鞘へ収めた。
頬を伝う自分の血の匂い。
甘く芳醇だとアイツが好んだそれは、俺にはただの鉄臭い液体にしか感じない。
俺は恐怖をにじませた表情で、傷が痛いと震えてみせた。
弱々しく、縋るような眼差しで、メンリヴァーを見る。
「拷問だって……? こんなに痛い、痛いんだ……っ、これ以上俺をどうする……っ、謝れと言うなら、謝るから……!」
「んー? フンッ、今更おじけづいても無駄だ。ククク……無様だな? 魔界では大きな顔をしていても、誰も味方のいない天界に連れ去られればこうして命乞いをするのか。醜い、醜いぞ魔王の妃!」
「ふぅ……っう、っ……ならば、ならば殺してくれ……! 俺にはもうなにもない……手も足も自由にならない、こんな俺はまさに虫けらのようじゃないか……た、耐えられない……っ」
「あはははは! 殺してくれ、か!」
ガタガタと怯え始める俺を、目の前の天使は愉快で仕方がないと笑う。
そして俺の悲痛な命乞いをうんうんと聞いてから、浮かれた声で「カッター」と呟いた。
声に連動して、メンリヴァーの手のひらから三日月型の光の刃が飛び、俺の指先を切り落とす。
声にならない悲鳴を上げる。
頭をめちゃくちゃに振って悶え苦しむ。
吹き出す血に焦燥するように指先に視線をやって、今の聖法でも傷一つついていない磔台の強度を確かめる。
「ああ……ッ、指が、俺の指が……ッ!」
「ふふふ……いやだね。なんで貴様の頼みを、次期天王たるこの僕が聞かねばならないんだ? 絶対に、殺してやらない。惨めに苦しんで生きろ」
メンリヴァーの手のひらは逆側の指先に向けられ、俺は数分後には全ての指先を失っていた。
いったい何時間、たったのか。
全身がむせ返るような血の匂いにうもれている。
だが俺の体には傷一つなく、不自然に血液と冷や汗と涙で湿った服が気持ちが悪い。
宣言通り俺の四肢を端から細切れにしていったメンリヴァーは、俺が痛みに喘ぎ泣き叫んでも傷を回復して決して死なせなかった。
『起きろ』
『~~ッは、うあぁぁっ、あっ、ひっ嫌だ、嫌だ嫌だ……もう、や、やめてくれ……っ』
『ハッ。下等生物が。口のきき方には気をつけろと言わなかったか? ん?』
『許して、っ……ごめんなさい、許してください、ひっ、ひ……っふ、痛い、痛い……っ』
気を失えば骨を折られ、覚醒させられる。
それはすぐに回復させられ、俺はわざとらしく哀れに泣き叫んでみせた。
その繰り返しは地獄。
だけど、抜け出すための地獄である。
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なの
BL
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