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九皿目 エゴイズム幸福論

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「いつアゼルが、お前のものになったんだ……?」
「そんなもの、初めて出会った時からに決まっているだろう? 貴様なんぞは、この世界に存在すらしていたかったほど前の決定だ。ぽっと出の虫ケラとは、わけが違う。僕はな、ずっとナイルゴウンの為に尽くしてやったんだ。それをあの男が、泥をつけて返した……ッ!」
「グッ……!」

 天使──メンリヴァーは睨みつける俺の横っ面を、バチンッ! と力強く平手で打つ。

 か弱そうな細い手のひらなのに、その打撃は首が飛びそうだと感じた。

 何度も何度も、バシッ! バシッ! といたぶられ、唇の端から血が滲む。

 意識が飛びそうな感覚。
 けれどその全てを歯を食いしばって耐え、すぐに前を見据える。

 ──聞いていれば、馬鹿げたことしか言わないな。

 アゼルは物ではない。

 どれだけ長く愛していても、尽くしてやっただとか言う言葉が出てくる時点で、アゼルを愛しているつもりの自分に酔っていたのがよくわかる。

 だが、俺がそれをどれだけ訴えても、俺を襲った天使でも、メンリヴァーでも、少しも理解できないのだろう。

(かわいそうに……自分以外の者を愛せないなんて、とても悲しい人だな)

 アゼルを愛することとそうじゃないことで、こんなにも俺とメンリヴァーの気持ちのあり方は違う。

 ──天使というものは、愚かで悲しい、寂しい生き物だ。

「なにか……言いたげだな。妃よ」

 スルリと赤くなった頬に触れられ、そのまま顎を掴まれた。

 無理矢理メンリヴァーのほうへ向かせられ、首が痛い。

 メンリヴァーは嘲笑うように鼻を鳴らして、顎の骨が軋むほど、グッと指先の力を強くした。

「聞けば貴様はウィシュキスを切りながら、大層な御託を並べて、我ら天使を糾弾していたそうじゃないか。愚かで、低脳だと。笑えるな? ナイルゴウンを傷つけるのは貴様じゃないか」
「っ……、ふ……」
「貴様がいるから、我らはこの計画を考え、そして哀れなナイルゴウンは記憶を奪われ、疑心暗鬼の苦しみを二度繰り返す」

 ──そうして語られた、計画。

 弱い俺がいて、アゼルが俺をどこまでも深く愛したせいで、組み上げられた魔界の乗っ取り。

 記憶の対象は、アゼルだったのだ。
 ターゲットミスなどではなかった。

 俺への贈り物で、俺が喜ぶと言えば、アゼルはもしかしてを天秤にかけても、受け取ることを選んだ。

 アゼルはきっと、俺を喜ばせる夢を見て、きっと疾く疾くと、城を目指して走ったのだろう。

 そして、奪われた。

 ただの聖導具ではない神遺物を使ったのも、人間ではなく耐性持ちの魔王が対象であるためだ。

 その神遺物は、元々は完全記憶能力を持っていた古代の天王が、脳の負荷を抑えるために記憶を抜き取っていたものらしい。

 ほんの僅かな隙だろうが、抵抗することはわかっていた。丸ごと百年は奪えない。

 しかし、百年奪えなくても、アゼルが俺を忘れれば計画に問題はなかった。

 必要なことは、記憶を奪うこと。
 そして俺を、天界へ連れてくること。

 それをこなせば後は簡単だ。
 俺にだってわかる。

 元のアゼルなら絶対に俺を見捨てないのだから、どう足掻いても上手くいく。

 今のアゼルがなんとか俺を嫌って天界までやってこなかったとしても、元のアゼルは必ず来てしまう。

 それだけならまだいい。

 いやいいわけではないが、アゼルが従ってしまっても、時をかければいつか転機があるかもしれない。

 問題はリシャールの時のように、敵が死んでしまえば俺も死んでしまうわけでも、俺が操られて敵になっているわけでもないということだ。

 ──俺がそうしたように、アイツが戦うことを選んだら?

 俺よりも取捨選択がはっきりしているアゼルのことだ。

 もしかしたら、死んでも従わずに、天界ごと壊してしまおうと暴れるかもしれない。

 自分以外の手元にあるなんて、アイツが何よりも怒り狂うことだ。

 ……また、傷を負う。


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