本日のディナーは勇者さんです。

木樫

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九皿目 エゴイズム幸福論

59(sideメンリヴァー)

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「あはははっ! 魔王に誰かを愛することが、できるわけないじゃないか。貴様は孤独でなければならないだろう?」

 そうでなければ報われない。

 あれほど愛してやった男が、自分を置いて一人で幸せになるだなんて酷い話だ。

 カツ、カツ、カツ、と石畳を鳴らして、薄暗い通路を歩く。

 窓もないここは湿っぽい空気が充満し、カビやなにともわからない汚れで、あちこちが変色している。

 そこの一番奥の部屋は、牢獄ではない。
 天界にとって重要な人物をもてなす為の、特殊な部屋。

「オープン」

 ノブに手を当てて解錠すると鋼鉄でできた重い扉がギイィィ……、と音を立て、ゆっくりと開いた。

 メンリヴァーは臆することなく、部屋の中へ足を踏み入れる。

 そして暗い石畳の部屋に、明かりを灯した。ボッ、と照明具が光り、ようやく中の様子が見て取れるようになる。

「…………」

 そこには、深い眠りの中に沈む人間の男が一人、X型のやや斜めに設置された張り付け台に拘束されていた。

 両手足首は台の枷に固定され、身動きが取れない。
 だらりと脱力している男は、成すすべもなく眠っている。

 元々着ていた衣服は捨て、代わりに黒い囚人服を着せてやった。
 黒は天界において魔族の色。つまり悪の色なのだ。

 この男は──魔王の妃。

 今回の計略の要。おびき寄せるための餌であり、おびき寄せた後の枷でもある。

 それをメンリヴァーは冷めた目で眺め、忌々しげに舌打ちをした。

 ──見れば見るほど、憎たらしい男だ。

 魔族が性別を気にしないとはいえ、魔王程の強者の血なら残すべきだろう。

 ただでさえ繁殖能力が低いのに、皆無な相手を選ぶなんて。

 それに男を選ぶにしても、コレは欠片も愛らしくなく、天界で美しいとされる繊細な美に欠けるのだ。

 中身も凶暴極まりない。
 敵と見るや剣を振り回して襲い掛かってきた上に、善意の交渉は聞く耳も持たない、野蛮なケモノ。

 挙句、話の終わりを見て奇襲をかけ、相討ち覚悟の自滅だ。人間とは思えない。

 交渉は、確かに誘拐を楽にするために必要なことだった。

 追手がかかりにくくする為に、自筆で書き置きを残させたかったのもある。

 それにうまく天使を味方だと思わせられれば、簡単に言いくるめられた。

 抵抗する人質を殺すわけにはいかなかったから、自主的に来てもらうほうが、ずいぶん良かったのだ。

 ──なのに。結果としてこの男は、一度完全に死んでしまった。

 彼を襲った天使。
 天界宰相である逆巻さかまきの天使、ウィシュキス・アリアンドール。

 対象の死亡。
 それは絶対に許されない展開だ。

 ウィシュキスがそれほど長くはないが、時を巻き戻せる聖力を持っていなければ、この計画は破綻していた。

 計画なんて知りもしないだろうが、この男は確かに……命に変えて、魔王を守ったと言える。

 しかし残念ながら、それは不意を打たれたとはいえ防御の得意な天使を殺せずに、無駄となった。

 あの愛想のない宰相をあそこまで傷つけた人間は、コレが初めてだろう。

 完全に死んだものを生き返らせることは本来不可能だが、寿命や病でなければ、数時間時を巻き戻せば生き返れる。

 もちろん制約もあったが。

 その能力は無機物ならば時間が伸びるが、生物は数時間だけ。
 そして能力の時間が経過するまで、多重がけはできない。

 奇跡的にうまく歯車が噛み合って生き返れた、全くかわいげのない野蛮な男。

 メンリヴァーには理解できない。
 なぜこれを愛したのか。

 無様に勝ちにしがみつき惨めに自分だけ死んだこれより、自分のほうがずっとずっと美しい。

 黙って従えば愛する魔王の記憶を返すと言ったのに、それを捨てて抵抗した薄情なこれより、ずっとずっと憎らしく愛している。

 愛と憎しみは表裏一体。
 あの日誘いを断ったことを、あの言葉を、後悔させる為に。

 今度はきっと、頷くだろう。

 それが貴様の幸せだ。
 貴様には僕が一番相応しい。

 笑う天使のエゴイズム。
 ハッピーエンドの幸福論だ。




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