507 / 901
九皿目 エゴイズム幸福論
59(sideメンリヴァー)
しおりを挟む「あはははっ! 魔王に誰かを愛することが、できるわけないじゃないか。貴様は孤独でなければならないだろう?」
そうでなければ報われない。
あれほど愛してやった男が、自分を置いて一人で幸せになるだなんて酷い話だ。
カツ、カツ、カツ、と石畳を鳴らして、薄暗い通路を歩く。
窓もないここは湿っぽい空気が充満し、カビやなにともわからない汚れで、あちこちが変色している。
そこの一番奥の部屋は、牢獄ではない。
天界にとって重要な人物をもてなす為の、特殊な部屋。
「オープン」
ノブに手を当てて解錠すると鋼鉄でできた重い扉がギイィィ……、と音を立て、ゆっくりと開いた。
メンリヴァーは臆することなく、部屋の中へ足を踏み入れる。
そして暗い石畳の部屋に、明かりを灯した。ボッ、と照明具が光り、ようやく中の様子が見て取れるようになる。
「…………」
そこには、深い眠りの中に沈む人間の男が一人、X型のやや斜めに設置された張り付け台に拘束されていた。
両手足首は台の枷に固定され、身動きが取れない。
だらりと脱力している男は、成すすべもなく眠っている。
元々着ていた衣服は捨て、代わりに黒い囚人服を着せてやった。
黒は天界において魔族の色。つまり悪の色なのだ。
この男は──魔王の妃。
今回の計略の要。おびき寄せるための餌であり、おびき寄せた後の枷でもある。
それをメンリヴァーは冷めた目で眺め、忌々しげに舌打ちをした。
──見れば見るほど、憎たらしい男だ。
魔族が性別を気にしないとはいえ、魔王程の強者の血なら残すべきだろう。
ただでさえ繁殖能力が低いのに、皆無な相手を選ぶなんて。
それに男を選ぶにしても、コレは欠片も愛らしくなく、天界で美しいとされる繊細な美に欠けるのだ。
中身も凶暴極まりない。
敵と見るや剣を振り回して襲い掛かってきた上に、善意の交渉は聞く耳も持たない、野蛮なケモノ。
挙句、話の終わりを見て奇襲をかけ、相討ち覚悟の自滅だ。人間とは思えない。
交渉は、確かに誘拐を楽にするために必要なことだった。
追手がかかりにくくする為に、自筆で書き置きを残させたかったのもある。
それにうまく天使を味方だと思わせられれば、簡単に言いくるめられた。
抵抗する人質を殺すわけにはいかなかったから、自主的に来てもらうほうが、ずいぶん良かったのだ。
──なのに。結果としてこの男は、一度完全に死んでしまった。
彼を襲った天使。
天界宰相である逆巻の天使、ウィシュキス・アリアンドール。
対象の死亡。
それは絶対に許されない展開だ。
ウィシュキスがそれほど長くはないが、時を巻き戻せる聖力を持っていなければ、この計画は破綻していた。
計画なんて知りもしないだろうが、この男は確かに……命に変えて、魔王を守ったと言える。
しかし残念ながら、それは不意を打たれたとはいえ防御の得意な天使を殺せずに、無駄となった。
あの愛想のない宰相をあそこまで傷つけた人間は、コレが初めてだろう。
完全に死んだものを生き返らせることは本来不可能だが、寿命や病でなければ、数時間時を巻き戻せば生き返れる。
もちろん制約もあったが。
その能力は無機物ならば時間が伸びるが、生物は数時間だけ。
そして能力の時間が経過するまで、多重がけはできない。
奇跡的にうまく歯車が噛み合って生き返れた、全くかわいげのない野蛮な男。
メンリヴァーには理解できない。
なぜこれを愛したのか。
無様に勝ちにしがみつき惨めに自分だけ死んだこれより、自分のほうがずっとずっと美しい。
黙って従えば愛する魔王の記憶を返すと言ったのに、それを捨てて抵抗した薄情なこれより、ずっとずっと憎らしく愛している。
愛と憎しみは表裏一体。
あの日誘いを断ったことを、あの言葉を、後悔させる為に。
今度はきっと、頷くだろう。
それが貴様の幸せだ。
貴様には僕が一番相応しい。
笑う天使のエゴイズム。
ハッピーエンドの幸福論だ。
50
お気に入りに追加
2,689
あなたにおすすめの小説



性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった
cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。
一途なシオンと、皇帝のお話。
※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。



王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる