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九皿目 エゴイズム幸福論
57(sideメンリヴァー)
しおりを挟む〝嘆きの魔王は孤独を憂う。
愛されたがりの孤高の王〟
魔王が代替わりした頃だ。
今代の魔王について調べた密偵から、そんな報告があった。
それは過去や素性がわからないかわりに、なんとも御しやすそうな情報。
なるほど。
ならば孤独の中で愛していると嘯いて、天使を初めて自分に寄り添った相手として、擦り込めばいいのだ。
孤独の癒し方など、天使は誰しも心得ている。知らない相手に教える。今回の策は実に単純な仕組みで事足りた。
白羽の矢が立ったのは、天界の第一王子。誘惑の天使、ソリュシャン・アン・メンリヴァー。
ひと目で視線を奪われる美貌を持つ、美しい天使である。
メンリヴァーは、喜んだ。
何度か会ったことのあるその魔王が、なぜか忘れられなかったからだ。
造形は当然歴代と同じく、力の強大さに釣り合う美しさだった。
話さず、笑わず、だがただ席についているだけで芸術品のような、絵画じみた男。
怖くはなかった。
天族は魔力を感知できない。
組み上げられたものである魔法は効くが、魔力そのものの大きさや濃度、残り香もわからない。
ようは空気と同じだ。
風船は掴めるが、中身はそこにあるかどうかまで判断できないのだ。
だから、誰もが萎縮してしまう程強大な魔力を纏う魔王を前に、怯えることはなく相対することができた。
そうして直視すると──視線を奪われる誘惑の天使が、視線を奪われた。
見た目だけではない。
むしろ見た目なら、自分より美しいものなどこの世に存在していないと思っている。
それでも、強く心惹かれた。
たくさんの部下に囲まれているのに、表情を変えず、光のない濃黒の瞳で、ただぼんやりとしている。
メンリヴァーは酷くつまらなそうなそれが、自分と同じ孤独を感じているような気がして、奇妙な愛着を感じたのだ。
仲良くなりたかった。
そうして自分は、その機会を得た。
歓喜のままに笑みを浮かべて、やはり神は我らの味方なのだと、天に感謝したくらいだ。
孤独を哀しみながらも肩書きらしさを求められ心の弱さを見せられない魔王と、誰にでも好かれる聖力を持つが為に真の意味では孤独な王子。
こんなに似ている僕ら。
──ならば誰よりも、手を取り合うのに相応しい。
そんな思考を芽吹かせるメンリヴァーは、手始めに魔王の孤独を強める為、魅了にかかった手先を使い魔界で噂を流し始めた。
〝彼の魔王紋を見たことがあるやつがいないのは、本当は脆弱な偽物王だからだ〟
〝冷たい言葉を吐き、目も合わせないのは、本当は自分以外の者をゴミのように見下しているからだ〟
〝ほらアレも、コレも、壊してみろ。彼はちっとも怒らない。臆病者の弱虫魔王〟
〝話しかけるな。疎まれるぞ。一人が好きなんだ。だって部屋から出てこないだろう? 仕事がしたいんだと。全部押しつけてしまえ〟
〝壊して、貶して、嘲笑っても。
涙一つ見せないガラクタ人形だ〟
無口で篭りがちな魔王だから、噂は独り歩きしてそれが真実になっていった。
実際どう思っていたのかはわからないが、魔王は誰にもその孤独や悪意の世界を打ち明けなかった。
おかげで本当に効いているのか計り兼ね、メンリヴァーは過剰に魔王の孤独を加速させてしまったが。
そうして何年もかけて下地を作ると、魔王はすっかり不安だらけになり、彼の居場所は色の濃い、疑心暗鬼の坩堝の底だ。
なにかすると悪く取られ、なにもしなくても悪く取られる。
近づいてきた人はみんな、声と本心が真逆の嘘吐き。
そうなると幾人かの本当に魔王を慕っている家臣にすら、線引きをして、内側には入れなくなった。
彼は順調に、自分を諦めていく。
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