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九皿目 エゴイズム幸福論

56(sideアゼル)

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 人に恐怖しか与えないオニキスの瞳から、ボロボロと格好悪い涙が溢れる。

 本当の俺が見たいなら見せてやる。

 みっともなくて情けない、バカで嘘吐きで臆病者の、最低最悪のただの俺を。

『──嫌いだとか、いなくていいだとか……ッ! 思ってるわけねぇだろォ……ッ! 愛してなくても、好きだから、そばにいてほしいから、そうじゃない言葉を、言われる前に先に言っちまった……ッ!』

 あいつに嫌われたら、きっととても痛いとわかっていたのだ。

 だからとても痛いことから身を守るために、とても痛いことを、あいつにしてしまった。

 そんな、自分勝手な俺。

 ごめんなさい。
 傷つけてごめんなさい。

 謝ることも、できない。



 闇の魔力に包まれ、俺は元の姿に戻る。
 トン、と芝生の上に落ちると、膝から崩れ落ちてしゃがみこみ、顔を押さえて泣き出す。

 それはまるで、夢の中と同じ姿。

 弾けていた地面の欠片が、パラパラと降り注ぐ。魔力の感応は、次第に収まっていく。しかし止まらない。

 涙が、止まらない。

 不安にもならないくらい愛されていたから、気づきもしなかった。

 ほんの僅かな疑念で、それはあっけなく手元から消えていく。

 消えてから気がつく。
 あの花のように。

「俺は、俺はアイツとの──シャルとの記憶が、欲しい……っ!」

 泣いて、泣いて、泣いて。
 それでも涙は枯れることはない。

「今の俺には、どれほど大切にしていたかもわからない……っ失ってから、なぞる記憶すらない……っ! シャルの本当の笑顔の記憶は、俺のどこにもない……!」

 俺は、シャルがいる時、あの夜以外一度も泣かなかった。
 あの夜ですら、シャルが穏やかに熱を分けてくれた。

 ずっとずっと、一人で泣かずにいられるよう、シャルは優しく語りかけ、笑ってそばにいたのだ。

 それは、シャルの愛。

 自分が傷つき泣きたくなっていても、わずかも滲ませずに俺を想って笑うという、哀しい愛し方。

 俺は本当は、知っていたんだろうな。

 そうやって歯止めの利かない一途で深い愛し方をする人は──『私も愛して』と、上手に言えないということを。

 きっと、知っていたのだ。
 なのに、忘れてしまったのか。

 とても大切な人の愛し方を、その人の抱きしめ方を、忘れてしまったのか。


「俺にとってシャルがどれだけ大切かもわからないまま、幸福だと思いこんで生きていくなんて……こんな残酷なこと、ねえよ……」


 タガの外れた俺は、周りなんて少しも見えないよう、感情をむき出しにして、泣き叫びながらうずくまる。

 返してくれ、返してくれと。

 毒が回って気を失うまで、ずっと。

 シャルの名を呼んで、泣き続けた。


 貰うばかりだった俺は……シャルをちゃんと、愛してやりたい。

 愛せないなら消えてしまいたいと、震えていた俺を抱き留めて、記憶のない俺が、もう一度。

 ──俺、愛したいんだよ。



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