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九皿目 エゴイズム幸福論
48(sideアゼル)
しおりを挟む気がつくと俺は一人、真っ白な世界に立っていた。
どうしてこんなところに一人でいるのかわからないが、動く気力もなくて黙って突っ立っている。
だって、俺は不安に駆られて、俺を好きだと言ってくれる男に馬鹿なことをしてしまったからだ。
アイツの本当の気持ちがわからなくなった時、もう愛されていないのだろうかと考えた。
おかしなことだが、それを思うとなんだか胸のあたりが寒くなったんだ。
俺はアイツと愛し合っていた自分を知らないから、今の自分との違いに失望されたんじゃないか、と怖くなった。
それでなくとも、普段から愛情を受け取るばかりでまともに取り合わず、ちっとも返してやれていないことに、愛想を尽かしたのではないかとも思った。
いつも俺は魔王だから、本当のことは隠されて都合の良さそうなことを言われる。
だからはなっから疑ってしまう。
そうしてアイツにも、偽物だったら嫌だと思って本物らしいことをしないと駄目だと思った。
怒りと悲しみと焦燥でグチャグチャになって押し倒して、まるで愛しているようには見えない態度を取る。
俺が自分から他人に触れる時は、感情が抑えきれなくてカッとしてしてしまうことが多い。
だから今度は傷をつけないように、できるだけそっと上衣の留めを外していった。
それからなんとか触れたアイツの素肌は、優しすぎるほど温かかったが。
手のひらから伝わる鼓動から、心臓が弾けてしまうんじゃないかとも思った。
俺は、動けなかった。
自分の心臓も同じように、痛いくらいに早鐘を打っているのを感じた。
そうなるほどのことをされようとしているのに、アイツは笑顔を見せるから。
俺は自分がみっともなくて、もうアイツを見ていられなかった。
目を塞いで、嫌われる前に嫌ってしまえと、俺を愛していると言うアイツに残酷なことを言う。
口に出した直後に後悔して。
だけど目を開くことも謝ることもできず。
ただ震えて、零れそうな涙を無理矢理手のひらで押し込める姿は、クソ野郎の塊。
俺は本来、泣き虫だ。
元々はなにをしようがひとりぼっちの魔境でいたから、すぐに怒るし、泣くし、笑うし、頭より先に体が動く。
そんな俺は、魔王になってから小さく押し潰して隠していたものだから、すぐには丁度いい塩梅がわからない。
話を聞いて、ありのまま思うとおりにしてみようと踏み出し始めて、たった一週間。
他人と感情をぶつけて擦り合わせることがどうしたって不慣れで、俺は相手を傷つけてばかり。
先走ってしまうし、考えて動いてもうまくいかない。
情けないやら、消えてしまいたいやら、俺はあぁまた間違えたと自己嫌悪。
だけど、アイツは俺の言葉を本気にして諭してくれた。
それから被害者のくせに、そのままでいいんだと言って部屋を出ていき、接触が怖くなっている俺を一人で眠らせてくれた。
血を吸われかけ、腕を傷つけられ、押し倒されて、罵倒されて、それでもアイツは俺が好きだと言った。
それも演技かもしれない。
もしそうだとしても、これだけのことをされてまだそう言って俺を気遣えるなら──アイツはそれだけ優しい人間だと言うことだ。
皮肉なことに、俺はそうやってから、一つ時をすすめられた。
自分から離れていくんじゃないかと不安になって。
引き止める為にとった行動で、アイツを傷つけて。
それを後悔して一人で震える夜。
──そうか、俺はこんな気持ちだったのか。
アイツが話してくれた出来事だ。
俺が勘違いしてアイツを襲って、我に返って逃げてしまったという話。
まさに、今だ。
本人だからか、同じ道を歩むなんて愚かしいにも程がある。
なら俺はこの白い空間から目を覚ました時も、その時と同じようにアイツが扉を叩いてやってくるのを、怯えて黙ったまま待っているのだろうか。
答えを考える前に、ふと目の前にうずくまる背中が見えた。
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