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九皿目 エゴイズム幸福論
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しおりを挟む攻撃が収まっても土煙で周りが見えない。
だが近くに白い塊が、うずくまったままピクリとも動かないのが見えた。
「やった、か……ゲホッ、ゲホッ」
ビチャッ、と口から血反吐を吐いて身動ぐが、俺の身体も動かない。
生暖かいものが体の下に染み渡って行く感触がして、ゆっくりと震える瞼で瞬きをする。
それだけでもう、わかる。
「あぁ、そうか……終わり、か……」
頬の張りついた冷たい床が、赤く、熱く、俺の命で濡れそぼっていった。
まさか巻き添えを食らって、それが致命傷になるなんて、酷いな。
生まれながらに、俺はつくづく運がなくて受難体質なんだ。格好悪くて仕方がない。
背中に突き刺さったつららは、背骨とアバラの隙間から内臓に達するほどに深い。
魔力は尽きた。もうポーションすら効かないし、動けないから使えない。
指先が冷たくなっていく。
血が抜けていく、慣れた感覚。急速すぎて目眩がしてきた。
だけど連れ去られて俺を助ける為にお前たちが傷つくより、ずっといいなと思った。
俺は……結構、頑張っただろう?
アゼルが記憶を忘れていて本当に助かった。でなければまたアイツは壊れてしまう。
今ならそれはちょっと悲しむだろうが、時間とともに乗り越えられるだろう。
ライゼンさんはアゼルを支えてくれるだろうから、アイツが一人になることはない。
そう願うことしかできないから、そう願おう。
俺の大事な気持ちも、ガドが代わりに覚えていてくれるから、俺の分もたくさん伝えてくれると思う。
アゼルの中に少しでも俺が遺れば、いいな。ガドは約束を守る男だから、心配はしていないんだ。
ふふふ。人任せにするなんて信じらんない! と、ユリスはかわいらしく俺を叱るんだろうな。
そうしたらリューオがなだめてあげてくれ。
だけどリューオも同じタイプだから、俺と再戦する前に死んでんじゃねぇよ! と怒るんだろう。
うん……きっと大丈夫。
未来は大丈夫。
指先から冷たい感覚が広がっていくのを感じながら、俺は重たい瞼で瞬きを一つ。
(なんだか……眠くなってきた、な)
だってもう、すっかり夜更けだ。
リシャールといい、ロボット男といい、天使は夜遅くに襲ってくるのが、趣味なのかもしれない。
もう一度、眠気眼を瞬かせる。
土煙が収まってくると、窓の外が見えて眩しいくらいの月が俺を眺めていた。
色の濃い明るい月と見つめ合う、二人っきりの世界。
空に一人輝く月は、まるでアイツみたいだ。それに看取られるのも、悪くない。
(……は、はは……)
笑おうとしても頬が動かないことと、もう一度瞬きをしようとして、できないことに気がついた。
だめだな。血がなくなりすぎて、全身が冷たくなってきた。
意識が、曇る。さよならの時間が、迎えに来ているんだろう。
もう少しだけ、思い出したい。
そうだな……指輪を返していて、よかった。最後に祈ることは、格好付けていたい。
心底からお前に捧げる、祈りの言葉だ。
〝俺を忘れて、お前が選んだ他の誰かを、ちゃんと愛して幸せに生きること〟
それがいい。そうだろう?
(あぁ、クソ、目が見えなくなってきた)
月が、お前が霞んでしまう。
まだ眠りたくないのに、身体が重いんだ。
アゼル、お前を置いて逝くというのは、こんなにも苦しいんだな。
嫌だな、嫌だ。
寒い、怖い、ああ、嫌だ。怖い。
アゼル、アゼル。聞こえるか?
地上から見上げる月ほどに、お前が遠くて、泣きそうだ。
俺だって、できることならもっともっと、お前と最期まで一緒にいたかったよ。
「ア……ゼル……」
──鼓動が止まって、命が終わっても。
目を閉じずに窓の外を見ていたのは……やっぱり、お前に会いたかったからかもしれない。
今日は、とびきり綺麗な月だったから。
最後に交わした〝おやすみ〟が、さよならの言葉だなんて、知らなかったよ。
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