上 下
490 / 901
九皿目 エゴイズム幸福論

42

しおりを挟む


「お客さん……生憎と甘いお菓子は売り切れでな。また日を改めていただけるか?」

 床に座っていた俺はそう言いながら余裕ぶって立ち上がり、侵入者に向き直った。

 バレないよう視線だけは走らせ、相手を観察し、逃走経路を確認する。

 背中から生えた大きな一対の白翼が月明かりに浮かび上がった。
 ピタリと身体にフィットした現代の長ランのような白い衣服に身を包む男が、一歩近づく。

 ゆるいシルエットの多い魔王城の正装では見ない、シンプルな装い。

 サラサラと絹糸のようなストレートのプラチナブロンドが揺れ、目に掛かる前髪の隙間から冷徹な視線が向けられる。

 人形のような男だ。
 そしてそれらを見るに九分九厘、彼は天界の生き物──天使だろう。

(……まったく)

 天使という生き物はどうも、デリケートな俺の心に気を使わない奴らだな。
 笑えるくらいに厚顔無恥だ。

 男は警戒心を緩めずに視線を合わせてくる俺に、鉄仮面を崩すことなく相対する。

「残念だが、我等の国は薄汚れた魔界と違い、菓子にも事欠かないのだ。遠慮しておこう」
「そうか。それじゃあ、豊かで美しい天界へお帰りいただきたいんだが」
「あまりに愚かだな……天使を前にしてその振る舞いか。本当に察しの悪い下等な生物じゃないか、人間というモノは」

 男はもう一歩足を踏み出し、俺に向かって誘うように手を差し出した。
 俺たちの間にある距離は、だいたい三メートル。

 下等な生き物だと俺を見下し、舐めきっている態度、口調、視線。
 全てが俺の敵だと、わかりやすいほど自己紹介している。

「この建物は聖法の結界によって外界との繋がりを遮断してある。逃げることはできない。──いいか? 黙って俺に従え。お前の身柄は、天界が預かる」

 無駄に怪我はしたくないだろう? と告げる、淡々とした冷たい声。

 天使が投げつけるその言葉に、俺はスゥ、と体中の血が冷えていくような心地になった。

 どうしてここに来たのか理由はわからない。やはり俺が狙いだったのか?
 ならば記憶は、ターゲットミスが正解なのかもしれない。

 ミスをしたから直接回収に来た。

 取り敢えずはそれとして、連れ去るために俺が一人になるのを待っていたという具合なんだろう。

 陸軍と空軍の包囲網を抜けて、よくもこの城へ入れたものだ。
 一日二日では為しえないだろうが、ここにいるのだからそれだけ男は強い。

 ゆっくり、息を吐く。

 天使だ。それも優秀な天使だ。
 人間の俺では勝てない。俺は切られれば死ぬからな。

 だらりと垂れ下がったままの手に、召喚魔法を発動させて愛剣を収める。

 ニコリと笑ってみせると、男は差し出した手をおろして腰のサーベルに手をかけた。

「……勘違いがあってはいけないから、確認するが……アゼルの記憶を奪ったのはお前たちのしわざ、で合っているか? アイツが空の上で藻掻き苦しむ羽目になったのは、お前たちの罠だな?」
「なにを今更。当然じゃないか。そんなことは最初からわかっていたことだろう? 天界からの素晴らしい花火が、お前たちへの結婚祝いだと。泣くほど喜んでいたじゃないか、妃よ」
「そうか。よくわかった。では祝いのお礼を、しないとな」

 剣の鋒はブレない。
 感情は凪いでいく。攻撃の瞬間は、そういうものだ。

「さあ。奥ゆかしい日本人の〝お帰りいただこう〟がどういう意味か──……天界の高貴なド低脳にレクチャーしよう」
「ッ!!」

 ──ガキィンッ! と硬い音が響いた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

変態村♂〜俺、やられます!〜

ゆきみまんじゅう
BL
地図から消えた村。 そこに肝試しに行った翔馬たち男3人。 暗闇から聞こえる不気味な足音、遠くから聞こえる笑い声。 必死に逃げる翔馬たちを救った村人に案内され、ある村へたどり着く。 その村は男しかおらず、翔馬たちが異変に気づく頃には、すでに囚われの身になってしまう。 果たして翔馬たちは、抱かれてしまう前に、村から脱出できるのだろうか?

少年ペット契約

眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。 ↑上記作品を知らなくても読めます。  小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。  趣味は布団でゴロゴロする事。  ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。  文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。  文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。  文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。  三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。  文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。 ※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。 ※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。

とある金持ち学園に通う脇役の日常~フラグより飯をくれ~

無月陸兎
BL
山奥にある全寮制男子校、桜白峰学園。食べ物目当てで入学した主人公は、学園の権力者『REGAL4』の一人、一条貴春の不興を買い、学園中からハブられることに。美味しい食事さえ楽しめれば問題ないと気にせず過ごしてたが、転入生の扇谷時雨がやってきたことで、彼の日常は波乱に満ちたものとなる──。 自分の親友となった時雨が学園の人気者たちに迫られるのを横目で見つつ、主人公は巻き込まれて恋人のフリをしたり、ゆるく立ちそうな恋愛フラグを避けようと奮闘する物語です。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

俺の義兄弟が凄いんだが

kogyoku
BL
母親の再婚で俺に兄弟ができたんだがそれがどいつもこいつもハイスペックで、その上転校することになって俺の平凡な日常はいったいどこへ・・・ 初投稿です。感想などお待ちしています。

【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます

猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」 「いや、するわけないだろ!」 相川優也(25) 主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。 碧スバル(21) 指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。 「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」 「スバル、お前なにいってんの……?」 冗談? 本気? 二人の結末は? 美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。

やめて抱っこしないで!過保護なメンズに囲まれる!?〜異世界転生した俺は死にそうな最弱プリンスだけど最強冒険者〜

ゆきぶた
BL
異世界転生したからハーレムだ!と、思ったら男のハーレムが出来上がるBLです。主人公総受ですがエロなしのギャグ寄りです。 短編用に登場人物紹介を追加します。 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ あらすじ 前世を思い出した第5王子のイルレイン(通称イル)はある日、謎の呪いで倒れてしまう。 20歳までに死ぬと言われたイルは禁呪に手を出し、呪いを解く素材を集めるため、セイと名乗り冒険者になる。 そして気がつけば、最強の冒険者の一人になっていた。 普段は病弱ながらも執事(スライム)に甘やかされ、冒険者として仲間達に甘やかされ、たまに兄達にも甘やかされる。 そして思ったハーレムとは違うハーレムを作りつつも、最強冒険者なのにいつも抱っこされてしまうイルは、自分の呪いを解くことが出来るのか?? ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ お相手は人外(人型スライム)、冒険者(鍛冶屋)、錬金術師、兄王子達など。なにより皆、過保護です。 前半はギャグ多め、後半は恋愛思考が始まりラストはシリアスになります。 文章能力が低いので読みにくかったらすみません。 ※一瞬でもhotランキング10位まで行けたのは皆様のおかげでございます。お気に入り1000嬉しいです。ありがとうございました! 本編は完結しましたが、暫く不定期ですがオマケを更新します!

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...