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九皿目 エゴイズム幸福論
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しおりを挟む「お客さん……生憎と甘いお菓子は売り切れでな。また日を改めていただけるか?」
床に座っていた俺はそう言いながら余裕ぶって立ち上がり、侵入者に向き直った。
バレないよう視線だけは走らせ、相手を観察し、逃走経路を確認する。
背中から生えた大きな一対の白翼が月明かりに浮かび上がった。
ピタリと身体にフィットした現代の長ランのような白い衣服に身を包む男が、一歩近づく。
ゆるいシルエットの多い魔王城の正装では見ない、シンプルな装い。
サラサラと絹糸のようなストレートのプラチナブロンドが揺れ、目に掛かる前髪の隙間から冷徹な視線が向けられる。
人形のような男だ。
そしてそれらを見るに九分九厘、彼は天界の生き物──天使だろう。
(……まったく)
天使という生き物はどうも、デリケートな俺の心に気を使わない奴らだな。
笑えるくらいに厚顔無恥だ。
男は警戒心を緩めずに視線を合わせてくる俺に、鉄仮面を崩すことなく相対する。
「残念だが、我等の国は薄汚れた魔界と違い、菓子にも事欠かないのだ。遠慮しておこう」
「そうか。それじゃあ、豊かで美しい天界へお帰りいただきたいんだが」
「あまりに愚かだな……天使を前にしてその振る舞いか。本当に察しの悪い下等な生物じゃないか、人間というモノは」
男はもう一歩足を踏み出し、俺に向かって誘うように手を差し出した。
俺たちの間にある距離は、だいたい三メートル。
下等な生き物だと俺を見下し、舐めきっている態度、口調、視線。
全てが俺の敵だと、わかりやすいほど自己紹介している。
「この建物は聖法の結界によって外界との繋がりを遮断してある。逃げることはできない。──いいか? 黙って俺に従え。お前の身柄は、天界が預かる」
無駄に怪我はしたくないだろう? と告げる、淡々とした冷たい声。
天使が投げつけるその言葉に、俺はスゥ、と体中の血が冷えていくような心地になった。
どうしてここに来たのか理由はわからない。やはり俺が狙いだったのか?
ならば記憶は、ターゲットミスが正解なのかもしれない。
ミスをしたから直接回収に来た。
取り敢えずはそれとして、連れ去るために俺が一人になるのを待っていたという具合なんだろう。
陸軍と空軍の包囲網を抜けて、よくもこの城へ入れたものだ。
一日二日では為しえないだろうが、ここにいるのだからそれだけ男は強い。
ゆっくり、息を吐く。
天使だ。それも優秀な天使だ。
人間の俺では勝てない。俺は切られれば死ぬからな。
だらりと垂れ下がったままの手に、召喚魔法を発動させて愛剣を収める。
ニコリと笑ってみせると、男は差し出した手をおろして腰のサーベルに手をかけた。
「……勘違いがあってはいけないから、確認するが……アゼルの記憶を奪ったのはお前たちのしわざ、で合っているか? アイツが空の上で藻掻き苦しむ羽目になったのは、お前たちの罠だな?」
「なにを今更。当然じゃないか。そんなことは最初からわかっていたことだろう? 天界からの素晴らしい花火が、お前たちへの結婚祝いだと。泣くほど喜んでいたじゃないか、妃よ」
「そうか。よくわかった。では祝いのお礼を、しないとな」
剣の鋒はブレない。
感情は凪いでいく。攻撃の瞬間は、そういうものだ。
「さあ。奥ゆかしい日本人の〝お帰りいただこう〟がどういう意味か──……天界の高貴なド低脳にレクチャーしよう」
「ッ!!」
──ガキィンッ! と硬い音が響いた。
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