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九皿目 エゴイズム幸福論

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 惨めに泣いてすがりつきたいのにその先がなくて、一人頭を抱えて震え続ける。

 ──そうだ。俺は、本当はずっと哀れなさみしい嘘つきだった。

 だけど、そんな弱い俺じゃあ、お前のそばにいられないだろう?

 俺はお前のそばにいたいから、大丈夫。
 全然平気だ。ちっとも痛くない。ちっとも寂しくない。ちっとも泣きたくない。

 だってお前のそばにいたいんだから。

 安心して笑っていてくれ。
 笑って笑って、お前が幸せになるように、本当に心から願っている。

 俺は強いから、一人でも大丈夫なんだ。

 大丈夫。

「ほん、ほんとうだぞ、頑張るから、も、もっとちゃんと笑うから、嫌わないで、一人で大丈夫になる、大丈夫だから、大丈夫、大丈夫、俺はほんとうに、大丈夫だ」

 嗚咽を殺せる俺は目を閉じか、虫のように細い声で自分に言い聞かせる。

 だって、俺が〝大丈夫だ〟って言ったら、みんな笑ってくれるじゃないか。

 だから大丈夫。
 大丈夫、大丈夫。

 大切な人たちが笑っているなら、それでいいだろう。

 みんなが安心して笑えるように、俺も心底笑わなければならない。

 でもな、なぜか、効かないんだよ。
 自分に大丈夫が、効かないんだ。

 誰か、教えてくれないか。俺が笑顔になれる〝大丈夫〟は、どこにあるんだ?


『──俺の生涯で愛する人は、お前ただ一人だけだ』

「あ……アゼ、ル……アゼル、アゼル、う、うぅう、ぅ、ぅ」


 すぐに脳裏に浮かんだ彼の姿と言葉に抱かれ、頭が割れそうに痛んだ。

 どうしよう、前が見えない。──そうか、あぁ、もう、限界か。

(どこにもないんだったな、俺の大丈夫は)

 それを理解すると、無理やり吊り上げていた口角が自然と下がっていく。

 ありのままの俺を知っているのはもう、俺だけだ。だから、だから少しだけ。

 少しだけ、ワガママを言っても、お前は許してくれるだろうか。

 ──笑え。

「笑えない……」

 ──前を向け。

「なにも見えない……」

 ──頑張れよ。

「死んでしまいそうだ……」

 閉じていたまぶたの隙間から、火傷しそうなほど熱い雫がトロトロと腕を濡らして頬を流れていく。

 アゼル、アゼル。実はな、俺はちっとも大丈夫じゃないんだ。

 助けてくれ。寂しい、寂しいアゼル。寂しいよ、寂しい。お前の中に俺がいない。

 こんな自分が恐ろしいんだ。
 愛着ではまかり通らないほど、お前に依存している。お前の愛に支えられている。

 けれどお前に嫌われた俺は、惨めで情けなくて弱くて、こんなにも愚かだ。

 だから一緒にいてくれ。早く抱きしめて、嘘だって言ってくれ。
 今までのことは全部嘘だって、本当は俺を忘れるなんてありはしないって。

 でないと俺は痛いんだ。
 胸が抉られてもうなくなってしまったみたいに、スカスカでみすぼらしくて、酷く心が寒いんだ。

 一人で愛し続けるには、お前の腕の中は、あまりに温かすぎる場所だった。

 唇を噛み、ヒクン、と喉を鳴らす。
 言葉にすると死んでしまうような気がしてこらえるが、虚ろな声が身勝手に溢れる。

 どうしてアゼルの記憶を奪ったんだ。
 どうして俺との記憶を選んだんだ。

 悪戯に奪ってしまっただけならば、どうして俺の記憶も奪ってくれなかったのだろう。

 俺だけが、ひとりぼっちで記憶の檻に囚われている。俺だけが、お前に愛された幸せを手放せない。

 もう諦めたとお前以外を愛することも、もう一度愛されようと切り替えることも、本当はまるでできないんだ。

 前に進むことができなくて、突然消えてしまったお前が後ろから追いついてくるのを、ずっとしゃがみ込んで待っている。

 酷いじゃないか、こんなの酷すぎる。

 お前が俺を愛したから。俺にあんな気持ちを教えたから。俺はもうそれなしじゃいられないんだぞ?

 なのにどうして譲ったんだ? どうして平気でいられる、バカなアゼル。

 なくなっても幸福ならば、どうして俺を愛した。お前が思うより、俺はずいぶん寂しい男だったんだぞ。

 酷いアゼルだ。
 なんて酷いアゼルなんだ。

 ──だけど、もう、構わない。

 忘れるよ。俺も忘れる。
 たくさん泣いて、サヨナラをしたら、俺もどうにか、忘れる努力をすると誓うから。


「だから、たった一度……名前を呼んで……愛していると、抱きしめてくれ……。それ以外はもういいから、そうしたら全部許すから……いいだろう? 八つ当たりのワガママくらい。たった一度、俺を錯覚で騙しきってくれ……」



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