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九皿目 エゴイズム幸福論

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「やめろ、だと……?」
「うん……俺に気を遣ってこうしてくれてているなら、大丈夫だから気にしなくていい」
「は、俺が好きなら俺に触れたい、それが普通だろ? どうして拒絶できるんだ……? お前はやっぱり、今は……」

 困り顔の下手くそな笑い方で重ねる。
 するとアゼルは訝しみ、疑心暗鬼の視線で俺を貫く。

 ──どうして、か。

「だって貴方は……俺を好きになってくれたわけじゃ、ないんだろう?」
「好、き」

 なるべくなんでもないように言おうとしたが、少し声が上擦った。

「……誰が、お前なんか……っ」

 目を見開いたアゼルはカァ、と顔を赤くし、感情のままに吠える。

「っわけわかんねぇんだよ、お前っ……! 気持ち悪いッ、本当に意味がわからねえ……ッ! 俺は一人で十分幸せだ! だから俺はお前を好きになんかならないッ! わからないことばかり言うお前なんか嫌いだ、大嫌いだッ!」
「……あはは、それは困ったな」

 俺の胸から手が離れて、胸元が寒くなった。アゼルは自分の顔を覆って、俺に馬乗りのまま、ガタガタと震える。

 大丈夫。わかっている。
 この嫌いは、いつもの言い合いの中のものじゃない。本当に、嫌い。

〝嫌い〟

 あまり好きじゃないこの言葉を言われると、俺はいつも拗ねていた。
 だけどもう拗ねても、きっとアゼルは謝ってなんてくれないだろうな。

 それならもう、喧嘩なんてできない。仲直りのない喧嘩なんて、まっぴらだ。

 俺の上で震えるアゼルに、俺は上体を起こしてそっと頭をなでた。
 ピク、と怯える頭。しかし逃げない。

「なら、嫌いな俺を抱いたって仕方がないだろう? それらしくなんて、しなくてもいい。……臆病な貴方は、気になってしまうんだろうが……、それなら別れてしまっても、いい」
「っお、俺は、本当のお前がわからねぇよ……ッ! こんなことする気はっ」
「大丈夫。わかっている」
「お、俺、俺は、お、俺を、ふ、不安にするお前が、怖い、とても怖い、いなくていい、お前がいると俺は……っ心を、乱すな……っ!」
「ん……」

 優しく丁寧に、頭をなでる。
 泣くことを怒りで塗り替えてこらえているから、吐き出させるために繰り返しなでる。

「──……お前がいると、俺がどんどん剥がれていっちまう……俺が俺じゃなくなっちまう……」

 そうして聞こえた言葉の続きは、臆病なアゼルの欠片だった。

 うん、うん。そうか。
 俺がなにか、疑られるようなことをしてしまっていたんだな。

 本当の俺がわからなくて、俺が愛されなくてもお前を愛すると言うのが……普段の言葉が本当か、わからなくなったのか。

 だから、ちゃんと役目を果たして、繋いでおこうと思ったのか。

 不安になったのなら言ってくれればいいと思っても、そううまくできる人ばかりじゃない。
 閉じ込めていたものを曝け出すことは、あまりに恐ろしいだろう。

 顔を覆うアゼルになるべく優しく声をかけ、ベッドに横にならせる。

「大丈夫、大丈夫。俺は本当に貴方が好きだ。嘘なんかじゃない、本当だ。貴方が好きになってくれるまで待つ。好きにならないとと焦ることもしないでいい。大丈夫。無理に触れなくていい。記憶があってもなくても、貴方が貴方である限り、変わらないんだよ」

 黙ったまま横になるアゼルは、目元を覆って震えたまま微かに頷いた。俺はホッと息を吐く。

 それからアゼルに深く上掛けを被せて、俺はベッドから降りる。
 身をかがめて、もう一度アゼルの頭をなでた。

「今日は前の俺の部屋で眠るから、一人でゆっくり眠るといい。ちゃんと明日戻ってくる、大丈夫だからな。魔王様はありのままで、それでいいんだ。……おやすみ」

 ニコリと笑顔でそう言って踵を返した俺は、静かに部屋から出た。



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