本日のディナーは勇者さんです。

木樫

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九皿目 エゴイズム幸福論

29(sideアゼル)

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 バタン、と洗面所へ続く扉が閉じてアイツがいなくなってから、俺は握った手を見つめて行き場のない苛立ちを抱えていた。

 力任せに自分の髪を掻きむしる。
 それでもなにも収まらなくて、俺はまた元通りの場所に腰を下ろした。

 ──傷つけるつもりはなかった。

 言い訳にしかならないそれは、心の中で一人でつぶやく。
 ただの、八つ当たり。

 心が乱された原因はわかっているんだ。
 それは俺の様子を仕事の合間に見に来てくれた、ガドとのやり取りにあった。

 相変わらず距離は近いが、成長したガドは俺がちょっと加減を間違っても傷ついたりしない。

 言葉や態度は選ぶけれど他より気兼ねしないガドとの時間は、俺は楽しくて好きだ。

 だからガドがアイツとの生活について触れた時も、なんの気なしにちゃんと思うままを答えられたと思う。

 アイツはいつも馬鹿のように明るくて騒がしくて、俺が人見知って警戒する暇を与えない。

 眠る前の一杯のティータイムに付き合ってやっただけで、その一杯をほんの少しずつ消費してこずるく話しかけてくる。

 挨拶だって欠かさない。挨拶は考えて返さなくてもいいぶん、俺はそれなりに返してしまう。
 そこを心得てにやりとドヤ顔晒すアイツが腹立たしい。

 毎夜添い寝を自分から勧めてくる抱き枕なんかあるかよ。
 俺は必ず背中を向けるのに、静かに後ろで話しかけてくるのが面倒くさい。

 お菓子だって、毎日仕事から帰ると俺にご賞味あれ! とニコニコしながら差し出す。

 魔界では見ない物珍しいお菓子だが、喜んで受け取るとバカにされるかもしれないと思って断る。それでも渡してくる。

 だから俺はゼオにも聞かれて話したように、ガドにも「アイツは嫌いじゃねぇけど、毎日うるさくてアレコレと世話を焼いてくるのが面倒くさい」と言った。

 なにを言っても聞かなくて、いつもニコニコとノーテンキに笑ってるんだよ。

 一昨日なんて俺が黙っていてもアイツ、一時間も一人でずーっと話していたんだぜ。

 下手くそな面白くもない話を、延々だ。
 ギャグセンスが死んでるぞ、アレは。

 そうガドに言って、俺は心の中で、まぁ悪くはないが、と付け足す。

 だって俺は、その一時間ずっとアイツの一人語りを聞いていたのだから。

 まるで木漏れ日のような男。
 温かすぎず、冷たすぎず。一生懸命身構えていたって、心が安らいでしまう。

 面白い話は下手くそだが、俺のようなタイプにとっては距離の詰め方がうまかった。

 だからそう言った。──のに。

『魔王さァ、誰の話をしてんだ?』

 キョトンとして首を傾げたガドは、アイツは友達だと言っていたくせに、全く俺の言う話がわからない様子だった。

『? 俺の妃とかいう、アイツだ。あの人間』
『シャルだろォ? でもな、シャルは口を開けて声を上げながら笑うことなんて殆どねぇよ? いつもこんな感じで、口元を緩めてほわほわ笑うんだぜ。ニコニコーっとじゃなくて、ふふって感じ。かァわいいんだぜー?』
『はぁ……?』

 ガドが自分の口元に手を当てて緩く引き上げるのを見て、今度は俺がキョトンと首を傾げることになった。

 確かにたまに、馬鹿みたいじゃない静かな笑みを浮かべる時はある。
 だけどいつもというと真逆だ。

 ガドの話は聞けば聞くほど俺を妙な気持ちにさせる。
 俺の気分をまだらにする。

『それにシャルは基本的に受け身なのよ。会話は質問をして相手に話させて、それをうんうんって聞くヤツだ。自主的に何度も話しかけることは、珍しいなぁ……』
『……そうか』
『ンー……? ま、安心しな。魔王は気にしないでイイ。俺も会ってないからそのうち聞いてきてやるよ』

 ガドはそう言って俺を気遣ってから帰っていったが、俺はなぜか苛立ちを消すことができなかった。

 アイツは俺の妃だという。
 そして俺を大好きだと言っていつもまとわりついてくる。

 ──……ならどうして、旦那の俺に演技をするんだ?

 俺にありのまま素の自分であれと言うくせに、自分は俺に猫を被って本性を煙に巻いているじゃねえか。



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