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九皿目 エゴイズム幸福論

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 部屋の中に入ると、アゼルはソファーに座ってぼうっとしていた。

 いつもどおりカプバットに持ってこさせた、十八年間の魔界の情勢資料でも読んでいるかと思ったのに、アテが外れたな。

 ローテーブルにはカップが二つ置いてあって、ガドがいた名残を感じる。

 それらを把握して、俺は努めて明るくいつもと同じように笑いかけた。

「ただいま! 帰りが遅くなって申し訳ない。なにも変わりなかったか?」
「……別に」

 ニコニコとそんな調子でアゼルの前に座ると、アゼルは俺をジロリと横目で見て、機嫌悪そうに顔を逸らした。

 少し困った顔でうーんと唸る。

 やっぱり機嫌が良くないみたいだが、流石の俺も今の状況だけでは判断ができなかった。

 俺は取り敢えず自分のぶんのカップを取り出して、そこに紅茶を一杯淹れた。

 今日はアップルティー。
 アゼルにもおかわりを尋ねたが、いらないとバッサリ断られた。

「俺は今日はな、じゃじゃん! 原点回帰のシンプルなバタークッキーを作ったのだ。どうだ? 欲しくないか? スマイル一回で手を打とう」
「いらねぇ」
「う、嘘だ嘘っ。魔王様にはもれなく献上する。さぁどうぞー」
「いらねぇし、うるせぇお前」

 取り出したクッキーの入った小袋をどうぞと差し出すが、アゼルはいつもどおり受け取ってくれなかった。

 俺は仕方ないなぁとクッキーをローテーブルに乗せて、置いておく。

 アゼルはわーいやったありがとう! なんてのがまだできないのだ。

 置いておけば、俺がいない間に渋々回収してくれるので大丈夫。

 しかし今日のアゼルは全くこっちを見てくれないし、なんだか怒っているような気がする。

(機嫌が悪いのは、俺になのか……?)

 帰りが遅くなったのを怒っているのかもしれない。もう一度謝ってみたが、今度は無視された。違うのか?

 俺は理由を察して解消してやれないと思って、こういうときはそっとしておこうと紅茶を飲み干して立ち上がる。ガドもそう言っていた。

「遅くなったのは本当にゴメンだ。ええと……部屋の前にな、ガドがいたんだ。それでガドはいつも俺を抱きしめて振り回すから、つい長話をな? それでこんな時間だ」
「…………」
「今度から気をつける。夕飯も近いから、俺は先にシャワーを……」
「おい」

 ──シャワーを浴びてくる。

 そう言おうとしたのに、ガタンッ、と硬い音がする。

 音の発信源であるアゼルが苛立ったように立ち上がったことで、俺の言葉は遮られてしまった。

 けれど遮られたって構わない。
 声をかけられたのが嬉しくて、へらりと笑顔を浮かべて首を傾げる。

 アゼルは険しい表情のまま、ゆっくりと俺の目の前にやってきた。

「ん? どうした? 魔王様が先に使うか?」
「お前は俺の家畜、そうなんだろ?」
「っ……、そ、うだな、初めはそうだった。名前が変わっても、異世界人の血は美味しいらしいからよく吸っていたな。それがどうかしたのか?」

 一瞬、言葉に詰まったが、すぐに笑顔を見せて返事を返す。

 アゼルは俺の笑顔を見てギュッと眉間にシワを寄せ、腹立たしげに舌打ちをした。

 それから冷たく俺を睨みつけ、俺の腕を痣になりそうなほど強く掴んで自分に向かって引き寄せる。

「っ、ぅ」
「お前の味を覚えているか、試してやるよ。……嫌なら嫌だと、殴り飛ばしてみな。ノーテンキ野郎」

 その瞳も、言葉も、腕を握る手の力も、決して俺の知っている優しいアイツとは違うもの。

 だけど俺はそんなことより、久しぶりに触れられたことが嬉しくて、やっぱりへらりと笑ったのだ。



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