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九皿目 エゴイズム幸福論

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 ガドは俺を解放してから、俺の両頬を手で挟んでグイグイとあちこちにむけて観察してくる。

 たまに突然触れてくるので、特に変なことではない。いつものガドだ。

 変わりないなら構わないかと好きにさせておけば、体中をベシベシさわさわと触れ回され、流石にくすぐったかった。

「ん、ガド……今日は触れられるより、触れたい日だったのか。疲れているのか?」
「シャルゥ、お前、死ぬのか?」
「いや死なないぞ」

 なんて物騒なことを言いだすのだ。このマイペースさんは。

 いつも飄々とした彼にひたすら構い倒した後、心なしがしょんぼりとそんなことを言われ、俺は即座に否定した。

「顔が悪いだろォ? 後肉が薄くなってる。俺の手は誤魔化せねぇぜ、なんせお前をいつも振り回してるからなァ~」
「俺が不細工だという話なら、魔族が美しいんだと言っているじゃないか」
「いんや、シャルはかわいいぜ?」
「……ありがとう」

 ううん? よくわからない。
 ガドワールドが炸裂していて、俺はとりあえずお礼を言うことしかできなかった。

 ガドは俺の頭をグリグリともう一度なでくりまわし、ひょいと俺を抱き上げてから、部屋の扉からずれたところに下ろす。

 この棟のこの階層には俺たちの部屋しかない。なので廊下を通る魔族もいない。

「シャル、お前俺と会ってない間に陽気なお調子者になったのか?」
「? いや、普通だぞ。ほら」
「普通か? 普通かァー……後なんで魔王のこと魔王様って呼んでんだ?」
「それは、今の魔王様は親しくない俺に名前を呼ばれるのは、違和感があるようで……名前じゃなくて、本来すべき呼び方をしているんだ」
「……フゥン?」

 話していくうち、ガドの尻尾がビタンッと廊下のカーペットを叩く。
 これは不機嫌な時の動き。

 尻尾の雄弁さを覚えている俺は、まずいことを言ったのかと思って、焦った。

 あまり他のみんなは気づいていないかもしれないけれど、ガドはアゼルの次に、俺に対して過保護なのだ。

 アゼルが俺を愛していない今、最も過保護だと言っても過言ではない。

 迂闊に弱るとなにをするかわからないのが、この血の繋がらない兄弟なのである。

 心配するというのは苦しいことだ。ハラハラドキドキ、休まらない気持ちはよくない。

 全く気にしていないほんの些細なことを俺が悲しんでいるなんて勘違いさせてはガドが胸を痛めるだけで、俺は焦る。

「呼び名なんて問題のうちに入らない、大丈夫だ。ありがとう、ガド。今魔王様に会ったのだから、わかるだろう? あの人は元々優しいし、少しずつ心も開きはじめている。人間だからと、酷いこともなにもされていない」
「ムゥ、わかってるよォ~……魔王はなんにも悪くねぇ、被害者だぜ。辛くないならイイ。まァ、お前は誰よりも理不尽に前向きだかンなー……どーせちっともへこたれちゃァいないんだろゥ?」
「もちろんだ。名前くらいで悲しんだりしない。それに俺は頑丈なんだと言っているじゃないか」
「ククク、柔らかいじゃねぇか」
「胸筋を揉むのはやめるんだ」

 俺が意気込み頷くと、ガドは勘繰るのをやめて、いつもどおりのマイペースな顔つきになった。よかった。

 ライゼンさん、ユリス、リューオ、ゼオ、ガド。

 それから配達の受け取りのたびに、ニコニコと集団でまとわりついて温めようとしてくれる、マルオたち。

 みんな大切で、みんな温かい。
 俺が笑って〝大丈夫だ、ありがとう〟と言うと、みんな笑顔を返してくれる。

 そこにアゼルがいた日常を思い出すと、あぁ早く記憶が戻ればいいなと思い、しっかりしようと思うのだ。

 だから頑張ろう。
 話しながら、俺は密かに改めて意気込んだ。



 それからガドは俺の胸筋をしばらく揉んだ後、今から夜まで見回りなのだと手を振って、去っていった。

 去り際に、首を傾げてそういえばと告げられる。

「魔王、なんか微妙に機嫌悪くしちまったっぽい。理由もわからないし、軌道修正できなかったから、今日はあんま絡まねえほうがいいぜェ~」

 窓から飛び出していく銀の竜の言葉に、俺はどうしたものかと少しだけ悩んでから、部屋に入った。



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