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九皿目 エゴイズム幸福論

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「希望があれば頑張れる。俺は折れないから」

 そう言って笑って、サンドイッチをかじる。
 ユリスがまあね、と少し笑ったのを見て、ほっと密やかに息を吐いた。

 ……今日は、しくじったな。
 悲しませてしまった。

 ユリスは俺を大事にしてくれているのだ。ちゃんとバレないように万全を期さなければならなかった。

 笑え。前向きに笑え。

 自分を大事にしないと、俺の大事な人たちが悲しんでしまうのだ。
 大切な彼らを悲しませる存在なんて許せない。そんなやつになんて、なってたまるか。

 だからそれほど価値があるとは思えない自分も、ちゃんと守らないといけない。
 そんなことはとっくに知っていた。

 だけど──俺はそれが、うまくできないから。

 いつも、俺の代わりに、気づいて、俺を大事に、大切に、愛してくれていた人が、いて、その人が、今、いないから、俺は。

 俺は。

「……大丈夫」

 なんでもない。

 記憶がなくてもいるのに、俺はなにを恋しがっているのやら。危ない危ない。変なことを考えてしまった。

 こぼれた自分の破片を踏みにじって、深呼吸する。

 たった一つ拠り所があれば人は耐えられるのだ。見えないだけで、いつか俺のそれは戻ってくるから大丈夫。

 押し込むようにサンドイッチを全部食べて、ユリスにどうだと見せつけるように両手を広げてみせる。

「完食だぞ。進捗どうですか?」
「うん、よろしい。今日は聖導具についてそれなりにわかってきたから、教えてあげるよ」
「流石だな、ユリス先生」
「ふふん。まぁ所長たちが魔導具バカのマッドサイエンティストだからだけどね。そうだ、トルンもなにも知らないくせに頑張ってるんだよ」

 そう言って笑い、しっかりものの彼は紅茶ももっとと新しくカップに注いでくれた。



 ユリスは励ますように語る。

 アゼルは前はああだったのだと。
 むしろあれが普通で、俺と出会ってからのアゼルは人が変わったように本当にいつも全力で、羨ましかったくらい俺を特別にしていたのだと。

 それだけ愛していたひとなら、きっともう一度恋をするだろうと。

 魔導具に精通するユリスは、道具の力をわかっているのだ。

 そうあれと作られたものがそうしたのであれば、精神論では回復できないことをわかっているのだ。

 だから一からもう一度あれだけの深い愛を今のアゼルに貰うことが、どれだけ難しいのかわかっているのだ。

 奇跡のような恋だったから。

 たまたま同じ名前の人に極大の恩を感じていたアゼルに、たまたま勘違いされてその恩を元にした好意を丸ごと得ていた。

 それがあったから一緒にいる時間があって、話すことも触れ合うことも多くて、最終的には恩人ではない俺でも愛してくれていた。

 今はそれがない。
 なのでまずはあの他人不信なアゼルに、信頼してもらうことから始めないといけない。

 これはそういう話。
 そういうことを頑張る話。

 ユリスはわかっているから、奇跡のような恋が二度あるだろうと俺を励ます。

 本当は、奇跡は都合良く起こらないから奇跡なんだと言うことも、彼はわかっているのに。

 俺は、大事な友人にそんな優しい嘘を吐かせるほど、アイツの愛で生かされていたポンコツな自分が、情けなくって滅茶苦茶になりたかった。



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