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九皿目 エゴイズム幸福論

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「…………シャルー……、なんて、自分じゃ意味がないんだがな……」

 廊下を歩いていると、城の魔族たちがせわしなく仕事をしたり、行き来している。

 けれど俺には、その喧騒が耳に入って来ない。
 まったく自分の弱さに反吐が出る。

 ホームシック、いやアゼルシック……、ううん、よくわからない。

「アゼル……、ふふ、なんだよシャル? って、いつもは……あぁクソ、ひとり芝居は流石に不気味だ。大丈夫、焦ることはないんだ、大丈夫だ」

 なんだか恥ずかしくなって、わざとらしく笑ってしまう。
 これが愛の禁断症状か、初めてだ。

 俺はアゼルにこうならないよう、たくさん愛されて生かされていたのだな。

 なんだか自分が、魔界に来る前のガラクタロボットに戻ったような気がして、意気地なしな自分を頭の中で何度も壊した。



 ──魔導研究所・ユリスの研究室。

 研究室を訪ねると、ユリスは白衣を着て魔導具を弄っていたが、俺だとわかってすぐに中へ入れてくれた。

 ちょうど昼時だから休憩にしようと思っていたと言って、お茶を入れてくれたユリス。

 俺はユリスが昼食のサンドイッチを食べるのを前に、温かい紅茶の味になんだか気が休まった。一人でいると少しだけ気が張るからな。

 けれどユリスは俺を睨みつけ、サンドイッチを一つ差し出す。

「お前、どうせお昼はまだでしょ? これを食べないと進捗教えてあげない」
「ちゃんと食べたに決まっているだろう? それはユリスがしっかり食べるんだ。解析メンバーに入っているから、今は忙しいじゃないか」
「……あのね、シャル。僕は自分の容姿に気を使っているから、他のポンコツたちと違ってお前の小賢しい隠蔽工作にはひっかからないの」
「こ、小賢しいと言われても……」

 俺はユリスの眼光にうっと言葉を詰まらせた。そこまで大した悪行は働いていないぞ、俺は。

 だけど気遣いを断るのはユリスを悲しませるので、俺はお礼を言いながらおずおずとサンドイッチを受け取り、角を一口齧る。

 そうするとようやくユリスは睨むのをやめて、目元を緩めて自分の食事を進めてくれた。

「食堂の女従魔から白粉を買ったでしょ。クマ、隠すために。眠れてないんだね? それにお前少し痩せた。僕らに心配をかけないために、重ね着してる。……それからなにより、目」
「ン、んん……」
「無表情なロボ勇者、だったっけ。乗り込んできたお前の、城の魔族の印象。今それだよ。人形のほうがまだ輝いてる」
「知ってのとおり俺はなかなかめげないタイプで、全然そんな感じじゃないんだが……、じゃないな。ごめん、ユリス。心配をかけて。ありがとうな」
「はぁ……わかってるよ。お前は無駄にへこたれないやつだからね」

 素直に謝りそして感謝すると、ユリスため息を吐いて、自分よりずっと高い位置にある俺の頭に手を伸ばす。

 髪に触れたユリスの小さくて柔らかな手は、そのまま優しくなでてくれた。
 彼が落ち込んでいた時に俺がしたからか、その動きは労るようなものだ。

 そんなユリスに心配をかけたことが、俺はとても申し訳ない。

 自分を愛護しなければユリスやリューオは手紙だけでなく、俺の部屋まで来てしまうだろう。
 そう思うから眠るし、食事も努力はしている。

 だから無理矢理詰め込んでいたが、最近は吐き気がして、もったいなくてサボってしまっているのだ。


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