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九皿目 エゴイズム幸福論
13
しおりを挟むなつかない野良猫のようで、そんな様子も愛おしく思う。
あんなにワンワンと俺に寄り添っていたのに、このくらいの距離でも警戒するのだ。
アゼルは居心地悪そうにティーセットを眺めて、それから自分が抉ったテーブルの穴をそっとなでた。
黙ってはいるが、そうするつもりはなかったのだろう。それは俺のせいなのに、繊細で不器用な男だ。
「…………」
だけど俺は、その手に指輪がないことのほうが気がかりで、ほんの少しだけ目を伏せてしまった。
風呂に入ったからアクセサリーは外す。
でもいつもはアゼルは指輪を必ずつけなおして、大事に磨いていたのに。
俺の指には今も同じ指輪があった。
俺もそうしているからだ。
それは仕方がない。
たぶん、習慣も忘れている。
今のアゼルは結婚相手以前に、どうしてこんなに自分の環境が変わっているのかが気がかりなはずだ。
何十年も我慢してきたのに、目が覚めたらもう我慢しなくていいと言われ、本当はどんな自分なのかをみんな知っているなんて教えられたのだから。
そうなるとやはり、俺のすることは決まっているんだ。
「魔王様、ティータイムにしたいのだろう? 貴方はお茶が好きだから、お見通しだ」
「な、なに……?」
ティーセットに手を伸ばしたそうに盗み見ているのに、アゼルはどうして当てられたのかわからないようで訝しげにした。
まったく、欲しいものは欲しいと言っていいのにな。
以前のアゼルは自分の欲が最優先なのだと言っていたが、今のアゼルに俺の知る彼を押し付けるのは酷なことだ。
コポコポと魔力を通して温めたティーポットから紅茶を注ぎ、カップを差し出す。
だがアゼルは居心地悪そうにそれをじっと見つめて、動かない。
俺は明るくしていた表情をふっと緩めて、出来るだけ穏やかな笑みを浮かべた。
「そうだ……今度は魔王様の話を聞きたいな。貴方のことが知りたい」
「お前は本当に、鬱陶しいな。……俺のことなんか、言わなくても、よくよく知ってるんじゃねぇのか」
「そんなことないんだ。俺もアイツも、聞かれたりそんな話にならなければ、自分の過去をこと細かに話したりしなかった。だからアイツが信頼していない人と一緒に食事をしないことは知っていても、その理由は知らなかった」
「はっ……? 俺が、そうだと……知ってるのか……?」
「? あぁ、俺に教えたのは、アイツだぞ? ライゼンさんたちも知っているしな」
「…………チッ……その俺は、自分のワガママ、弱さ、晒して、なにやってんだ。腑抜けだな……最低だ、弱い……」
アゼルは頭が痛いような仕草で額に手を当て、クシャリと前髪を握りつぶした。
腑抜けだなんて、そんなことはない。
俺は感情のままに動くアゼルが好きだ。怒るし笑うし泣く。
魔王なのに人間らしくていつも全力で、それが愛おしいのだ。
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