459 / 901
九皿目 エゴイズム幸福論
11
しおりを挟む「……っ」
アゼル──そう呼びかけようとして、唇を噛む。
目の前でお前に悲しまれ、それを慰めることができないなんて、酷い拷問だ。
俺は湿っぽい空気を払拭するように、殊更明るい語気で魔王様! と大げさに声をかけた。
「もし、もし今もそう思っているなら、少なくとも一人は確実な人がここにいるぞ? 俺は貴方の妃で、魔王様が大好きなんだ。どんな貴方も、本当に、本当に、大好きだ!」
「な……なに、言って、」
ぎょっと目を丸くするアゼル。
悲しみを驚きで塗り替えた。
にへらと笑いながら、ゆっくりと伝わるように、けれど陽気ぶった語調で、俺は語り続ける。
「ライゼンさんも、他のお城の魔族たちも、もう十年以上お前のありのままを見てきた。今更言葉を選んで、そんなに怯えて話すことはない」
「っ……、チッ、お前は、呑気な男だな……そう簡単な話じゃ、ない。俺にはまだ、そんな出会い、ない」
「フフフ、舌打ちしたな。呑気な俺に腹を立てればいいじゃないか、砕けて話すといい。実はずっと気になっていたんだ。威圧的な話し方なんてしなくていい。どんな言い方をされても俺はちっとも怖くないぞ? ん?」
「う、るさいな、うるせぇぞ、ッ」
ニコニコと揶揄い混じりにそうやって茶化すと、アゼルは鬱陶しそうに苛立って少しずつ乱暴な言葉使いを出してきた。
何度も笑いながら、もっと寛げばいいやら、お前のお気に入りの本はこれだやら、お腹が減っているだろうお菓子を食べるか、やら、ちょっかいをだす。
できるだけ底抜けの呑気者に見えるように。あけすけな物言いでもちっとも気にしないのだと、わかるように。
アゼルは短くスッパリとほっとけ、いらない、興味ない、減ってない、と拒否したが、そのうちに怒り満面で青筋を立ててバンッ! とローテーブルを叩き、穴を開けた。
「いい加減にしやがれッ! うるせぇって言ってんのがわからねぇのかこのノーテンキ人間がッ! おちおち考え事もできやしねぇッ! 俺は一人でも平気だ! これ以上くだらないことで話しかけてきたら、その首刈り取るからなッ!」
「う、いやぁ、それは困るな。困るからおとなしくしよう」
あちゃあ、と笑って肩をすくめて見せると、アゼルはグルルと唸り声を上げて威嚇する。
思考が途切れたと怒りながら本棚に向かって歩いていくアゼルを見送って、テーブルを叩いたせいで零れたお茶を片付けてカップも丁寧に集めた。
……それでいい。
悲しみはそのまま忘れてしまえばいい。
代わりに思っていたより怒らせてしまったのは申し訳なくて、ズキ、と胸が痛むが、アイツが悲しんでいるよりもずっとイイと思った。
もっと上手に笑わせてあげられたらいいのに。笑い方を忘れたなら、俺が教えてあげるから。
俺がたくさん笑って、お前にそれを教えるぞ。何度だって怒ればいい。そうして追い出しても戻ってくるものを教えてあげよう。
俺はアゼルが大好きだ。愛している。
俺との記憶が消えても、全て消えたわけではないなら、お前はお前のままじゃないか。
──俺はいつでも、お前の幸せを祈っている。
大丈夫、大丈夫だ。
記憶が戻るよう、お前がお前の時間を取り戻せるよう、俺はそばにいる。
もし記憶が戻らなくても構わない。
もう一度お前に愛してもらえるように、一生かけて口説いてみようと思っているんだ。
お前のなくしたものを、もう一度俺が。
「……俺は変わらず、お前が好きだから、な」
本棚の本を選ぶアゼルの横顔を見つめると、胸がトクトクと暖かく鼓動する。
夜色の髪がサラリと揺れる。それは触れると柔らかい。
瞳を縁取るまつげは長く影を作り、本に触れる指先は白枝のように繊細だ。
全部全部、俺の知っているお前のまま。
「片想いからもう一度、お前の腕の中を目指してもいいか……?」
そしてまた寄り添えたなら──いつもの甘い声で、今日の〝ただいま〟を言ってくれ。
40
お気に入りに追加
2,662
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店
ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。
僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした
なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。
「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」
高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。
そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに…
その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。
ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。
かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで…
ハッピーエンドです。
R18の場面には※をつけます。
R18禁BLゲームの主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成りました⁉
あおい夜
BL
昨日、自分の部屋で眠ったあと目を覚ましたらR18禁BLゲーム“極道は、非情で温かく”の主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成っていた!
弟は兄に溺愛されている為、嫉妬の対象に成るはずが?
【完結】巨人族に二人ががりで溺愛されている俺は淫乱天使さまらしいです
浅葱
BL
異世界に召喚された社会人が、二人の巨人族に買われてどろどろに愛される物語です。
愛とかわいいエロが満載。
男しかいない世界にトリップした俺。それから五年、その世界で俺は冒険者として身を立てていた。パーティーメンバーにも恵まれ、順風満帆だと思われたが、その関係は三十歳の誕生日に激変する。俺がまだ童貞だと知ったパーティーメンバーは、あろうことか俺を奴隷商人に売ったのだった。
この世界では30歳まで童貞だと、男たちに抱かれなければ死んでしまう存在「天使」に変わってしまうのだという。
失意の内に売られた先で巨人族に抱かれ、その巨人族に買い取られた後は毎日二人の巨人族に溺愛される。
そんな生活の中、初恋の人に出会ったことで俺は気力を取り戻した。
エロテクを学ぶ為に巨人族たちを心から受け入れる俺。
そんな大きいの入んない! って思うのに抱かれたらめちゃくちゃ気持ちいい。
体格差のある3P/二輪挿しが基本です(ぉぃ)/二輪挿しではなくても巨根でヤられます。
乳首責め、尿道責め、結腸責め、複数Hあり。巨人族以外にも抱かれます。(触手族混血等)
一部かなり最後の方でリバありでふ。
ハッピーエンド保証。
「冴えないサラリーマンの僕が異世界トリップしたら王様に!?」「イケメンだけど短小な俺が異世界に召喚されたら」のスピンオフですが、読まなくてもお楽しみいただけます。
天使さまの生態についてfujossyに設定を載せています。
「天使さまの愛で方」https://fujossy.jp/books/17868
新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~
焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。
美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。
スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。
これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語…
※DLsite様でCG集販売の予定あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる