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九皿目 エゴイズム幸福論
06
しおりを挟む「…………」
現在俺たちの間にあるローテーブルの上に置かれた、不可思議な道具。
楕円形の真鍮のような素材でできた枠の中央に水晶玉がはめ込まれたそれが、アゼルを傷つけた聖導具だ。
回収直後は水晶玉の中に靄が閉じ込められてあり、そこに〝18〟と数字が浮かんでいたらしい。
その靄はしばらくして消えてしまい、今となってはそれがどういうものか確認はできない。
けれどアゼル本人の証言とその数字が紐づけられたことから、間違いないだろうという推測である。
「そうか。わからないことが、あまりに多いな……」
瞬きを数度して、未来を思う。
十八年前は、俺はおろか元のシャルだってお前の記憶にいない時間。
俺はどうにも現実味がなくて、頭だけが氷水に浸されたように冷静だった。
追いつかない。
今お前の中に、俺が欠片もいないだなんて、どうして手放しに信じられるんだ。
いいや。ライゼンさんの言葉も、今のお前の様子も、疑うつもりはない。
だけど今日は──……ただ優しい風が吹く、晴れの日だった。
寒くなったとはいえ太陽が燦燦と輝いて暖かな陽を落とし、俺の気分は密かに穏やかな心地をもたらしていた。
今朝のアゼルは城から離れることを嫌がりつつも、俺がたくさん愛を込めたキスを贈れば、ぎゅっと名残惜しそうに抱きしめて行ってきますと出ていったのだ。
いつもと同じように暖かな温度で、お前は俺を見つめて、視線には確かな幸せがあった。
そうして離れたから俺は、仕事を頑張るアゼルの為に、前に考えていたピスタチオのクリームサンドを作った。
寂しい思いをした時は、そのぶん甘やかすことで俺たちはいつだって愛情を満タンに過ごしている。
だから、早く帰ってこいと、思って。
帰ってきたらまた執務室でティータイムを楽しみながら、丁寧に添え木をして守っているあの花を、まだ咲かないのかとそわそわしつつ眺めるのだろう。
俺はこの頃の習慣になっているそれを思い、クスリと笑いながらとびきり優しくて甘くて、美味しくなれとお菓子を作った。
アゼルを想うと俺はいつだって幸せだ。
殺し合って、捕まって、身体を重ねて、付き合って、結婚して、デートをして。
そして生涯ただ一人と誓いを立てて睦み合う日々。
そんなお前と過ごした日々を覚えているのが俺だけだなんて、恐ろしい現実。
俺にとっては青天の霹靂で、心の理解が追いつかないのは道理なのだ。
「……よし」
パシンッ、と両頬を叩き、思考回路に喝を入れた。
深呼吸して、くっと前を向く。
大丈夫、弱気になることはない。
いつも俺の隣に座るアゼルが向かいにいること。
怒っている時にしかならなかったはずの、表情の抜け落ちた顔で俺を睨んでいること。
話しかけるのを躊躇われるような、触れれば凍えそうなほど冷たい威圧感は、コントロールが効いてないのだろう。
鉛でできた亡霊じみたアゼルが警戒心を緩めず、俺を見つめる視線に一切温度がないことも、リセットされた記憶の証明。
大丈夫。受け止めた。
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