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八皿目 ナイトデート
12
しおりを挟むそうやって真剣に見つめ合うこと、しばらく。
今にも吐血しそうな猫耳店員さんが、注文した料理を持ってきてくれた。
顔の色が真っ白になっている。
俺たちがすこぶる真顔のまま対応したからか、皿を置く手がガタガタ震えていた。申し訳ない。
おそらくアゼルが真顔過ぎるからだろうが、魔王様はデレデレを我慢しているだけなんだ。
なにもお気に召さなかったわけではないから、安心してマンドラゴラジュースを置いてほしい。
「ごうっ、ごゆっくり!」
アゼルのクルミとサーモンのサンドイッチとマンドラゴラジュース。
俺の血の補給の為の青魚のソテー。
顔面蒼白で去っていった店員さんによってテーブルの上に並べられたそれらに、つい真剣な顔が緩んでしまった。
ふふふ、アゼルはやはりクルミを頼んだぞ。好きなものがあるお店を知ってよかった。ゼオには感謝だ。
ただマンドラゴラジュースを頼んだ理由がわからないが……好きなのだろうか。
本当のところは下見の時の俺と同じものを食べたかっただけというチョイスだが、俺がそれに気がつくことはまったくなかった。
「アゼルはそれだけで足りるのか? 普段はサンドイッチを一斤は食べるじゃないか。それにマンドラゴラジュースの味は、大根おろしの汁だぞ?」
「んぐ、お前の血を飲んだから問題ねぇぜ。俺はあれがディナーのつもりでいたからな。マンドラゴラジュースは……しゅ、趣味だッ」
「趣味か……」
趣味らしい。
もぐもぐと食事をしながら尋ねると、アゼルはそう言ってマンドラゴラジュースをゴクゴクと飲み干してしまった。
が、直後黙ってうげぇ、と辛そうに舌を出す。そうなるだろう。
ハチミツやレモン汁でサッパリとした味わいにしないと、とてもじゃないが一気はできない。
いい飲みっぷりだったぞ。
男気満載だ。かっこいいな。大好きだ。
「うっ、ぅ……ッ! 口直しにお前の血がジョッキで欲しいレベルだぜコレ、生臭い……ッ!」
「ん……ほら、指をあげよう」
「ふぐッ、ンむ、……グルルル……!」
真剣な顔はどこへやら、ポーカーフェイスを打ち破るほどの味に渋い表情をするアゼル。
お口直しにと血を求められたので、俺は左手の人差し指を開いた口にズボッと突っ込む。
突っ込まれたアゼルはビクッと肩を跳ねさせ、眉間にムギュッとシワを作り、その後唸りだした。
けれど文句は言わずに、大人しくチュウチュウと指に吸いつく。
(おお……)
なんだか飼い猫が初めて手ずからチャオチュールンを食べてくれたような気持ちだ。
猫じゃなくて魔王だが、かわいいな。
口直しにと控えめに牙を立てつつもしっかり味わうアゼルを見ていると、癒やされて心がほこほことしてくる。
これがアニマルセラピーか。魔王というのは人の心にも優しい。
素晴らしい生き物じゃないか?
一家に一台置いていいと思う。
「ふ、あまりたくさんはだめだぞ? 気持ちよくなってしまう」
「ンぅ、は……ッ! くっ、口の利き方に気をつけやがれ! 俺を誰だと思ってやがる! デートにもお前のワガママにも浮かれに浮かれて今すぐ襲いたいただの魔王だぜッ!」
「なにを言っているんだ。俺が浮かれていないように見えるのか?」
「あぅぁやめろ俺が噛んだ指を舐めるなっ! まさかお前そういうハレンチなことをする時は、浮かれてやがったのか……!?」
ワンワンと吠えるアゼルの噛んだ指をペロリと舐めると、アゼルは俺の口元を凝視しながらワナワナと震え始めた。
もちろん浮かれているとも。
俺は割と今日は朝から浮かれているぞ。
もし今日をページをめくるように遡れるなら、始めのあたりから見直しみるとよくわかるかもしれないな。
アゼルのことを考えている時は、だいたい浮かれた好きすぎる発言ばかりしていると思う。
俺たちはどちらかがどちらかを愛しているのではなく、相互に好きすぎる二人なのだ。
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