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八皿目 ナイトデート

06

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 嘘を吐くのは苦手で、吐いたとしてもお前だけは見破るだろう。吐きたくもない。

 深く吸った息を時間をかけて全て吐き出し、できるだけただの愚痴っぽく本音を語る。

「…………俺は人間だ。どんなにそばにいたいと願っても、お前を置いて先に逝くだろう。きっと驚くほどあっけなく、年老いてある日突然動かなくなるのだ」
「っ……」
「置いていくくせに……男の俺では、お前の家族を産むこともできない。たった一人の魔族であるお前の、血を紡ぐことができないんだ。どれだけ望んでも、俺はなにも、遺してやれない……お前の孤独を推奨してる」
「…………」
「全部わかってて指輪を交換した俺は、とても残酷じゃないか。……なんてことを、時折考えてしまう。今が幸せで、それが尊いと理解しているが、終わりを思うと苦しくなる。今があんまり幸せだからだ」

 幸せだからなくなることが怖い。
 こんな湿ったワガママを言うと、アゼルは俺を慰めてくれるのだろう。

 わかっていても、臆病で弱気な自分を知られてしまうのは、恥ずかしかった。

 いつだって良く思われたい。
 強くありたい。頼られたい。守りたい。お前を包む側でいたいのだ。

 あぁ、ちゃんと俺は普段、なんにも気にしていない間抜けなバカに見えているだろうか。

 失うことなんて考えない、愛し続けることだけを考えている底抜けの呑気者に見えているだろうか。

 まだ来てもいない未来を頼まれてもないのに考えて落ち込む、愚かな意気地なしだと、バレてしまうのは落ち着かない。

 愛されることを知ると、愛されなくなるのが恐ろしくて凍えそうで震えてしまう。

 そこにお前を置いてしまう関係だ。
 始めたが最後、長い孤独だけを産む関係だ。

「それなのに俺は……、……俺が死んでも、お前に忘れられたくない……」

 救いようがない酷い男だ。
 アゼルの肩口に顔を埋め、表情を隠す。

 嫌だな。こんなこと願う自分が、とても卑しい心の狭い存在だと自覚する。

 けれど一度開いた唇はとめどなく懇願を形作り、懺悔と祈りを身勝手に語り続けるのだ。

「昨日も、今日も、お前の長い生涯のほんの僅かな時間だ。その一日のうちの俺と過ごした時間なんて、瞬きするほど短いものだ」

「だがその時間を、どうか忘れないでほしい」

「笑ったこと、怒ったこと、抱き合ったこと。声も、仕草も、表情も、俺がお前に見せた俺自身を、過去にしないで……どうか生涯、愛してくれないか」

「その代わり、俺は朽ちてしまうその時まで、俺の全てでお前を愛し続ける。記憶をなぞった時、お前が愛されていたと感じられるように、寂しくて一人泣いてしまわないように、幸福と笑顔に満ちた世界で生きていけるように、」

「…………だからお前の、生涯愛する人は……俺だけにして欲しいと……願ってもいいだろうか……?」

 最後の言葉は、繕えないほど震えていた。
 その言葉の意味をよくわかっているからだ。

 俺がそれを願うことは、俺がそれで縛ることは、強く美しい気高き夜の狼の魔族を、絶やすと言うこと。

 俺が自分を残酷だと言うのは、終わりを考えた時にそこまで理解して願ってしまったからだ。

 男の俺は、お前の子どもを産んでやれない。わかっている。わかっているとも。

 とっくに初めからだ。
 考えないようにしていたし、だとしても諦められないから俺はお前に好きだと言った。

 であれば俺が死んだら他の生き物を愛せと、直ちに言わなければならない。

 なのに言えない。──耐えられない。

 お前が……俺を忘れて他の誰かと愛し合って、俺に触れるように肌を重ねて、目に見える愛の証明を紡ぐなんて。

 想像しただけで悲しくて、寂しくて、苦しくて、羨ましくて、気が狂ってしまいそうだ。

 俺がお前に愛された証明は、残せないのに。
 お前に残る記憶も体温も感触も、それらは全て蹂躙され掠れ果てて、俺は正しく死んでいく。

 だからせめて、忘れないでほしい。

 本当の名前すら残せない世界で、俺がお前を愛していたこと、お前が俺を愛していたこと。

 どうか、どうか心続く限り。
 俺だけを愛していてください。


「……俺と一緒に、終わってほしいんだ」


 そう、残酷で卑しい願いだろう?

 自分のいなくなった後、愛する人の幸せを願えないなんて……俺は本当は、浅ましくて無様で醜い愛し方しかできないんだ。




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