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七皿目 ストーキング・デート
19
しおりを挟む全てのショーを見終わった俺は、後引く感動の幸福感を抱えつつ、奇術館の外でリューオが出てくるのを待っていた。
いやぁ……凄かった。
特に最後のほうで登場したあの狼の奇術は、凄かった。
音と光のコントラストを、魔物が演出しているのだ。
それだけでも十二分に素晴らしいのに、同時にいくつも魔法を使う高等技術を見せられるなんて。
俺はお捻りを奮発してしまった。
それほど感動の一幕だったのだ。
思い出しては何度もしみじみと感動に浸っていると、隣で一緒に待ってくれていたゼオが、首を傾げた。
「お連れの人、来ませんね。もう次の公演が始まる頃ですよ」
「うぅ……そうだな……どうしたんだろう」
ゼオの言葉に、俺は少し心配になる。
リューオに限ってなにかあったとは思えないが、もしもがあるのだ。
今のところ、人間がどうのこうのと言う話は聞かない。
そうなると、オーガとしてなにかに巻き込まれているのかもしれない。
「……。じゃ、お連れさん探しがてら、俺がそのデートの下見とやらに付き合いましょう」
「ん?」
そんな中、ふとゼオが言ったのは、予想外のお誘いだった。
(えぇ、と……? なんだか思いがけないことになっている気が……)
少しの焦りで悩む俺に、淡々と告げられた言葉が一瞬理解できず、聞き返す。
するとゼオは腕を組んで、怠惰を滲ませて壁にもたれかかった。
そして相変わらずの無表情で俺を見つめ、はっきりと繰り返す。
「俺が、アンタの用事に付き合うと、言っている」
善意から言ってくれたのだろうはずのゼオの目は「同じことを何度も言わせるな。無駄だろう?」と本音を語っていた。
気まぐれなのか、ゼオはリューオの代わりを買って出てくれるらしい。
(それは俺としては慣れているゼオがいるとおすすめの場所を聞けるし、相談ができるので嬉しいが……)
メリットがわかっても、すぐに頷けない理由がある。
人間だとバレないようにするのが大変で、俺は嘘が下手くそだということだ。
それになにより、ゼオの一日を無駄にしてしまうんじゃないか? と考えて、悩む。
「うおっ」
申し訳ない気がして答えられずにいると、突然──冷たい手が俺の手首を掴んで、前へと引っ張った。
「ゼ、ゼオ……!」
「俺、腹が減ったんで、今からランチに行きます。眺めのいい店の屋上に席がある、パスタが美味い店です。デート向きでしょう?」
「それはそう、だが、っ」
ゼオは歩くのが速いので、懸命についていきながら耳を傾ける。
どうやら腹ごなしがてら、デートにおすすめのお店を教えてやろう、と言ってくれているみたいだ。
俺の返事を聞かずに、ゼオはカツカツとジョッキーブーツのようなデザインの靴を鳴らして道なりに進む。
情けない俺は、彼の背中におろおろと視線をやってついて行くしかない。
もうどんどん背後で小さくなる奇術館は、次の公演が始まったようだ。
それでもリューオが出てくる気配はない。俺一人では、どの道リューオを探すのは骨だろう。
「んぶ、」
不意に俺の腕を引っ張っていたゼオが、カツン、と足を止めた。
俺とそう変わらない身長をした彼の灰色の後頭部に、鼻をぶつける。
ぶつけた鼻を押さえる俺を振り向き、ゼオはズバッと言い捨てた。
「はぁ……貴方、一人じゃ街も歩けないでしょう」
「? ……あぁ、なるほど。お前は、優しいんだな」
「は?」
素で冷淡なゼオの言葉に、キョトンとするのもつかの間だ。
普段からツンデレさんなアゼルの相手をしている俺は、つまり、となる言葉の先をふわりと感じ取る。
「ふふふ。心配してくれて、ありがとう」
──直後。
競歩レベルの早歩きで引っ張られた俺は、言葉を間違ったのかと困惑しながら、ゼオの後ろを走った。
笑って言ったのが問題だったのか、真剣に悩んだ瞬間でもあった。
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