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七皿目 ストーキング・デート
14(sideゼオ)
しおりを挟む「だけど、あまりその……お嫁さんには好評じゃなかったりする」
「へぇ」
ゼオがシャルの職場環境に理解を示すと、シャルは悩ましげに唸った。
「仕事に理解がない配偶者なら、別れてしまえばよいのでは? 面倒だ。やりたいことをやらせないのは、愛じゃない」
「んっ? それはできないな。別れてしまうと、この世がつまらない。俺はあの人しか愛せないんだ。それはたぶん、相手も同じ。……だといいな。だから、仕事を嫌がるのもちゃんと愛なんだ」
「ややこしいですね」
「それも楽しい。毎回言い合うことになったら俺たちは戦うが、だいたい向こうが謝ってくれるぞ」
「なるほど、俺にはわからないな……」
首を傾げる。
シャルの言い分が、ゼオには特に共感できなかった。
ゼオは上司の言うこと──具体的には魔王と宰相、海軍長官、海軍長補佐官、空軍長補佐官、魔導研究所所長、諜報部隊長など、認めた者の命令しか聞かない。
その中に直属の上司が入っていないのは、思考の基本である。
自分の嫁が仕事に文句をつけても、ゼオは従うことはないだろう。
結婚をしたら、対等な立場だ。
例え相手が格上だろうが、やることに文句をつける権利はないと思う。
そう言うとシャルはクスリと笑い、どこか幸せそうに語った。
「俺も仕事第一の社畜だったが……大事な人ができたら、迷うものだ。仕事だからどうしようもなくても、頼みごとをすぐに切って捨てられない。できるだけ聞いてあげたいし、できるだけ言ってほしい」
「喧嘩になるなら本末転倒だと思いますが。根本的な折り合いがつかないなら、時間が無駄ですね」
「ふふふ。好きな人との時間に、無駄なことなんかないぞ? それに言い合えるのは楽しいんだ。遠慮がないようで嬉しい」
──嬉しい、と言いながら見せた、柔らかな陽の光よりも優しく、安穏とした笑み。
春の日差しですら眩しく億劫なゼオにとって、それはあまりにも慈愛に溢れた笑顔だった。
聞くところによると、シャルの妻は嫉妬深く独占欲が強い。
きっとそれだけ愛しているから、シャルを誰にも盗られたくないのだろう。
そういう心が繊細で愛に臆病な人は、明るい笑顔や底抜けの晴天にすら目を痛め、傷ついてしまう。
馬鹿げているが、そういう心は事実そこらたしにある。
夜闇でないと丸裸になれない。
たぶん、そんな心にはこの笑みが、手放し難く優しいのだ。
ゼオはふむと納得し、相変わらず内心の読まれない無表情で頷いた。
「喧嘩が楽しい。そう感じるのは、シャルだからでしょうね」
「あはは。かもしれないが、きっと恋をしたらわかる」
さっぱり共感しないゼオにも、シャルは怒ったりしなかった。
まあ……わからないが、雁字搦めの恋愛も、悪くはないと思う。
たった一人を愛する。
そういうことは、嫌いじゃないのだ。
自分にはない熱量だからこそ、憧れてすらいる。
あまりなにかに執着しない性格だが、唯一無二の諦められない愛には魅力を感じた。
もしも自分がそれを見つけたら、どんな手を使ってでも手に入れる。
それほど賞賛に値する感情。
だからずっと恩人だけを思い、それを手にしたらしい魔王のことをきちんと尊敬し、認め、仕えているのだ。
芯がある者は、強い。強い者は好きだ。
〝キチンと仕事を熟す
面倒なことを言わない
軽薄でない〟
たまたま出会ったのだが──シャルはゼオの好ましい人物像を、見事、網羅していた。
「ん、始まるぞ」
「ここの奇術は一般参加パートも込みで、なかなか愉快です。期待しても良いですよ」
「それは楽しみだ」
開幕を告げる司会の前説が聞こえて、二人は前を向き、舞台に集中する。
シャルの名が魔王の妃の名と同じことには、気がついていた。
しかしゼオはお妃様は人間ですし、こんなところにいるわけないですから、と、可能性を思考の外へ追い出す。
舞台の幕が上がり、不思議な奇術ショーが始まった。
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BL
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