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七皿目 ストーキング・デート

13(sideゼオ)

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「それでゼオさんは、なにか用か?」
「敬称はいらないですよ」
「ゼオ」
「それでいい。いや、以前書庫で氷結晶柄の栞を見つけてくれたのでは、と思いましてね。俺は目が一般的な魔族より悪い代わりに、鼻がいいんですよ。あなたの香りを覚えていました」
「! あの栞の持ち主か」

 ゼオは夜を生きるヴァンパイア種と人間の間の子──ハーフヴァンパイアだ。

 日常に支障は露いささかもないが、昼間は僅かに視力が落ちる。

 その代わり、嗅覚が鋭敏なのだ。
 別に匂いフェチだとかそういう理由で覚えていたのではない。

 声をかけた経緯を話すと、拾い主は予想通りだったらしい。

「シャレの効いたメモが添えてあったし、結構愉快でしたよ。拾って頂き、ありがとう御座いました」
「これはご丁寧に。こちらこそ、いいものを見つけさせてくれてありがとう」

 邂逅を果たした鬼族の男──シャルは声を弾ませて頬を綻ばせた。

「ふふふ……あのメモはな、少し気取っていただろう?」
「はい。暇なんだなと思いました」
「んん……いやそれがな、そんなことをしていたものだから、山岳地帯魔物図鑑の続きを読みそこねたんだ。俺は寝る前に気がついて、ずいぶん残念な気分だったな……」
「それは滑稽……間抜けですね」

 格好つけたメモを書いていて本懐を遂げられなかったことを、恥ずかしげに語る。

 肩を丸める姿を見ると、内心、笑いまじりに呆れてしまった。

 滑稽という言葉が初対面には強いかと思い、マイルドに言い換える。

 言い換えてもたいていは刺激が強いままだが、シャルは緩慢に頷いた。

「俺も間抜けだと思う。次はきっと読み耽るぞ。これはこれで、書庫に行く楽しみのおかわりができた」
「……いや、読み終わっていれば次の本を選ぶ楽しみがあったのでは? ただの二度手間ですよね、それ」
「……た、確かに」
「…………」
「……ふっ」

 二人揃って無言で目を合わせ、次の瞬間同時に顔を逸らした。

 表情筋が凍りついているゼオは笑わなかったが、シャルは小さく吹き出してしまったのだ。

 自分も、気持ちの上では笑っていた。

 鬱陶しくない程度に、シャルはどうも独特の感性がある。

「ふふ、選ぶ楽しみも捨て難い。盲点だった。ゼオはおもしろいな」
「シャルこそ。本当に滑稽ですね」
「俺のうっかりエピソードはもう打ち止めだ。ちょっと恥ずかしいぞ」

 目元をゆるめるシャルに、今度は遠慮なく思ったとおりの言葉を投げた。

 ゼオは裏表もないし悪気もないが、素で尖った言い方をする。

 意図したものではないので取り立てて改善する気はないが、怒る人も少なくない。

 だがそれに腹を立てることもなく牧歌的に話すシャルとの会話は、好感が持てた。

 きっかけは香りだったが、話し方や声、人となりもゼオの嫌いじゃないタイプだ。

 なんと言うか……落ち着く。
 彼が纏う素朴で穏やかな空気が、そう感じさせるのだろう。

 城の話をメインに、お互いが読んだ本の話もしながら、二人の会話は会場の喧騒に掻き消えるほど静かに進んだ。

 ゼオもシャルも話の内容に笑い転げたりしないタイプだが、話が途切れることはない。

 無理なく質問を投げかけるシャルには、つい答えてしまう。

 答えてしまうと、シャルはゼオの答えを咀嚼し、またのんびりと投げ返す。

 冷たく見られがちで実際冷たいのは確かでも人の話に応えないわけじゃないゼオなので、丁度よく会話は弾んだ。

 彼とは馬が合う。

 ゼオは自分が特に煩わしさを感じていないことを理解し、穏声に耳を傾けた。

「それじゃあ、食堂で食事を提供しているのですね」
「あぁ。毎日たくさんの品物を作るのは大変だが、他の従魔も手伝ってくれるし、俺自身もやりがいがある」
「奉仕精神が必要な職業、シャルは向いてますよ。適当ですけど」
「嬉しいな、ありがとう」

 人に尽くすことを喜びそうだと予想して答えると、柔らかな感謝が返される。

 シャルの周りには個性的な面々がいるらしく、城での生活に彩りを添えているそうだ。

 確かに、魔王城に住む強い魔族は、魔力の強さ故にか我も強い。

 特に今代の魔王に変わってからは家柄や種族にとらわれず、幹部は魔王の独断と偏見で選ばれた。

 おかげでカオスだ。
 仕事嫌いでノータリンの陸軍長官は、こうして生まれたのである。



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