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閑話 吸血タイプに好かれやすい男
01
しおりを挟む「ん?」
ある雨の日のことだ。
読書のために訪れた書庫で、俺は読んでいた本のページに栞が挟まっていることに気がついた。
白地に金文字のそれは、雪の結晶が描かれた繊細な栞である。
どこか気品すら感じる栞にしばし魅入るが、ややあって首を傾げた。
魔王城の書庫は、それなりの管理者の許可さえあれば誰でも立ち入り可能だ。
城から持ち出さなければ無期限貸し出しも可能で、栞を挟む──つまり読み切れなければ、普通は持ち帰るだろう。
それに栞は完全にページの中で埋まっていて、栞としての役割を半分放棄していた。
きっと貸し出しをした誰かが外し忘れて、そのまま返却したのだ。
予測を立てるのは簡単だった。
俺は願望混じりだがその優美な栞が主に忘れられている気がしなくて、召喚魔法で小さなザラ紙のメモ帳とペンを取り出す。
〝お心当たりの方へ。
山岳地方魔物図鑑にて。
雪結晶が溶けてしまうのは
もったいないと思う。〟
「よし」
冗談交じりの文章を書いた俺は、ペンとメモ帳をしまって、栞とメモを手に貸し出しカウンターに向かった。
雨の日の書庫は、薄暗く静まり返っている。
窓の外から聞こえる雨音が俺は好きだ。
特別音をたてないように仕立ててある書庫のカーペットが、俺の足音を殺す。
カウンターにたどり着くと、そこには目当ての司書はいなかった。
少し困ってキョロキョロとあたりを見回すが、めぼしい人どころか誰もいない。
雨の日は、みんなあまり部屋から出たくないのかもしれない。
仕方なく、俺は栞とメモをカウンター脇にある浅い木箱に立てかけた。
この木箱は落とし物入れだ。
持ち主以外が勝手に持ち出せる仕組みでも、城の書庫に入れるような高位魔族は、それに興味はない。
なのでこれで問題ないらしい。
とはいえ、本来は司書に託けてから入れるものだ。
しかしいないものは仕方がない。
メモもあるのできっと大丈夫だろう。
「迎えが来るといいな」
箱の中の栞に声をかけて、綺麗な栞との出会いになんとなく気分よく、俺は書庫を後にする。
山岳地方魔物図鑑を読みそこねたことに気がついたのは、その日の就寝時間だった。
(sideゼオ)
いつも通り休日の読書をしていた時のことだ。
休憩をしようと馴染み深い栞を探して、ゼオは初めてそれが手元にないことに気がついた。
ゼオはモノに執着しない。
普段なら放置する瑣末な問題である。
だがその日は読書以外予定がなかったことと、存外気に入っていた栞ではあったことで、心当たりを辿ることにしたのだ。
最後に使ったのは確か、昨日基地で片手間に読んでいた魔物図鑑だったはず。
無駄を嫌うゼオは一応その他の可能性も思い浮かべたが、どれもピンとこない。
やはりそこに間違いはなさそうだ。
そう考えて書庫にやってきたゼオは、ほんの少し内心で驚いた。
図鑑の棚に向かうはずだった足が止まり、入り口すぐのカウンターを見つめる。
それからゆっくりと木箱に近寄ると、目当ての栞は何事もなくあった。
意外な気分で栞を手に取ると、そばにメモがあることに気がつく。
安価なザラ紙のそれは、誰でもが使うなんの変哲もないものだ。
〝お心当たりの方へ。
山岳地方魔物図鑑にて。
雪結晶が溶けてしまうのは
もったいないと思う。〟
少し角ばった綺麗な字だった。
メモによるとやはり図鑑から見つかったようだが、シャレのつもりか妙な文言が添えられている。
埋もれて忘れられた栞の柄を本物の雪に例えて惜しんだのだろうが、たかだか忘れ物のメモにマメなやつだ。
無駄なことだとは思った。
だがなんとなく、ゼオは俺もそう思うと心で呟く。
この柄が気に入っていた。
自分の魔力は氷。氷魔法の使い手として、親近感が湧いたからだ。
「……甘い」
同士を得た柄をよく見ようと顔を近づけると、ほのかに甘い香りが鼻孔をくすぐる。
砂糖菓子のような香りだ。
それと、僅かに自然の風の香り。
甘いものが苦手なゼオは少し顔をしかめたが、その中にどことなく別のいい香りを見つけた。
しかし、理性がトンと肩を叩く。
……これを握っていた筈の落とし主の残り香を懸命にかぐ自分の姿は、気色悪い。
(ふぅ……変態っぽいか)
ゼオは栞を持って、書庫を出た。
ほんの少し名残を惜しんで。
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