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閑話 水底から見た夜明け

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 着替える前に喉が渇いて、紅茶でも飲もうと誘った。

 ローテーブルの上に常備してあるティーセットを準備すると、アゼルは遠くへ思いを馳せるように、俺を見つめる。

「……俺、魔王になったばかりの頃、一人でお茶会をするのが好きだったんだぜ」

 そう言って、ククク、と機嫌良さげに笑われた。

 んん? どうしてそんなことを機嫌良く言うのだろうか。

 ソファーで隣に座る俺はキョトンとしてから、今まさに中身を注ごうとしている手に持ったティーポットとカップを、ピタリと止めた。

「一人で飲みたいのか?」

 おっと、違うようだ。

 サッと夜着の裾を引かれて、そうじゃないらしいことを理解した。

 魔力を通すと温まるティーポットから、二人分の紅茶を用意する。

 途端に冷えた透明な空気へ白い湯気が立ち上り、鼻腔を擽る香りが肺を包む。

「これがいい」

 隣のアゼルから小さな呟きが聞こえた。
 なるほど。今は一人じゃないお茶会が好きだと、言いたかったんだな。

 俺も、お前とこうしてお茶やお菓子を楽しんだり、共に食事をしたりするのが好きだ。

 そうして交わす会話も、空気も、お前が作り出すもの全てが愛おしい。

 そう言うと、アゼルは頬を真っ赤にしてそっぽを向いた。

 ツンな反応に「俺だけだったか?」と些か不安に思い尋ねると、「馬鹿言うな。じゃないからこうなってんだ」と拗ねられる。

 忙しい朝をこうして戯れ合い過ごす。
 二人で紅茶を飲みゆっくりと流れる時間を楽しむ、贅沢な幸せ。

 不意にアゼルが、トン、とテーブルを叩くと、そこに紙に包まれたなにかが現れた。

「これは?」
「割れたカップの破片」
「そうか」

 お茶会に現れたカップの破片。

 まぁお茶会だからな。カップは当然ある。
 割れたカップはテーブルに乗ってはダメ、なんて規則はない。

 アゼルはそれを静かに眺める。
 壊れてなんていないかのようだ。

「貰いもんで……あの時は割とお気に入りのやつ、だった。と思う」
「お墓を作ろうか」
「なんでだよ」

 割れたままの破片を見つめる目がどうにも優しかったので、大事なモノなんだと思い埋葬を提案するが、あっさり却下された。

 ふむ。大事なモノの破片を見るにしては、なんだか嬉しそうだ。
 俺が知らない視線の理由。

 アゼルの現実では、少しも休めず眠ることなく仕事に戻った。

 壊れたまま二度と戻らなかったカップの破片は宰相にバレないよう、召喚魔法域に隠した過去。

 もう使えないのに破片が惜しくて、捨てることもできなかった。

 それが夢の中では暖かな優しさに包まれて昇華したことへの充足と、哀愁だったのだが──俺は知るよしもなかったので、首を傾げて、そうかと頷く。

「それじゃあ、今度新しいカップを買いに行こうか」

 カップをくれた人にも、お返しに贈ればいいんじゃないか?

 呑気にそう提案すると、アゼルは驚いたように目をぱちくりとさせ、それからまた顔を逸らす。

「カップが割れてちゃティータイムができねぇから、買いに行くか。まぁその……ついでに、あいつの分も」

 ツンと素っ気なく言いながらも、アゼルの耳が赤いのは丸見えだ。

 慣れたと言っても、きっと二人で出かけるのが嬉しいんだろう。

 そう思う俺のほうも今度をいつにするのか考え始めていて、自分の胸が期待に踊っているのが鼓動でわかった。

 ちゃんと休みの日を作ってもらわないとな。なんてったって、ひさしぶりの──。

「デート、だからな」
「ゔッ」

 敢えてその言葉に触れなかったアゼルの心には、気がつかず、だ。

 浮かれた俺が笑顔でデートと言うと、アゼルは言葉に詰まって悶えた。

 だって、立場上仕事があるのでホイホイと休めないアゼルとの、ひさしぶりのデートの約束なんだぞ。

 浮かれないわけがない。
 嬉しいな。また手を繋いで歩こう。ふふふ。

 すっかり昇りきった朝日に照らされ、にやけるのを我慢する赤い顔とへらりと笑う顔がよく見えた。

 そんなある日の夜明けの話。



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