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閑話 水底から見た夜明け
05
しおりを挟むそれに今日は天界との会合があり、そこで天界の王子に酷い罵倒をされたのだ。
彼はなぜか、アゼルを目の敵にする。
いつも見下され、笑われ、疲れる。
罵声に対してどう返すのが正解かを考えて黙っていると、王子は怒ったし、部下にはよくわからない嫌な感情を出された。
罵倒された時の正解はなんだ?
赴くまま魔法を使って、王子を殺せばよかったのだろうか。
だが、竜の卵を盗んだ人間達をなるべく細かく刻んで箱に詰めて帰ってくると、誰もが黙り込んでいたじゃないか。
仲間がどこにもいない人間の国に連れ去られるのは、心細いだろうと思った。
だから二度はないようにしただけだ。
遺体が帰ってこないと人間の仲間が寂しかろうと、箱に詰めやすいよう、刻んだだけだ。
アゼルはアゼルなりに気遣った。おっかなびっくり、歩み寄っているつもりだ。
だけど天使も魔族もアゼルを嫌な視線で突き刺し、穴だらけのボロ雑巾にしてしまう。
そんなに気に食わないなら、初めからどうしろこうしろ、言えばいい。
言われなければわからない。
わからないのに、無駄にカンがよくて違和感だけは敏感に察知する。
魔物は獲物を切り刻んだところで、なんとも思わない。
なのになぜ、魔族は、人は、怯えるのだ。
「……少し、疲れた」
魔境よりずっとたくさんの仲間がいる筈なのに一人きりの現実を見たくなくて、アゼルは静かに目を閉じる。
少しだけ、少しだけ目を閉じて休んだら、また頑張ろう。
積まれた書類を処理して、割れたカップの片付けをしよう。
そうしたらきっと、この気持ちも全部、消えているだろう。
「……は、……」
ふと。
目を閉じたアゼルの肩に、柔らかなものがかけられる感触がした。
明確に感じる重さは、夢ではない。
あたたかい。なんだ、これは。
普段なら飛び起きているが、不思議と危険だとは思わなくて、そっと目を開いた。
するとそこには、カップの破片に触れる誰かの手があった。
触れられたカップが、瞬きする間に元通りになる。一欠片の欠けもない、綺麗なカップだ。
手の持ち主が音もたてずに歩いて近づき、アゼルの髪を優しくなでた。
ゆらりと首を動かす。
角度を変えると、身体を覆っているものが暖かなブランケットだとわかる。
そして恐らくそれをかけたのであろう髪をなでている者は──深海のような、優しい瞳の男だった。
男は愛しく尊いものを見るように、自分を見つめる。
そして微笑みながらそっと身をかがめ、アゼルに戸惑いなく寄り添う。
──あぁ、一人じゃなかった。
不思議と、確信を持ってそう思った。
胸の内の重く冷たいものが、溶けていくような安心感。
アゼルはそっと目を閉じる。
今度は、現実逃避じゃない。
この身に触れる、泣きたくなる程優しい熱を、深く噛みしめる為に。
孤独で眠れぬ夜が嘘のように、そこには幸福なまどろみが訪れる。
もういいんだと、言われたような気がした。これは、そんな夜だった。
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