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閑話 水底から見た夜明け

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 主人公がたくさんの仲間に囲まれて笑っていた物語を思い出し、アゼルはほんの小さな声で呟いた。

 もう、アゼルは気がついている。
 自分が物語の主人公にはなれないことを。

 ──魔王は、悪役だから。

 自問自答。答えはとっくに知っていた。

 毎日毎日必死に仕事をこなして、誰かに頼らなくても済むよう、積み上げられる仕事を全部一人でやり続ける。

 全部、全部全部全部。
 一人でやってやればいい。

 アゼルの心なんてどうでもいいのだ。
 魔王は強いから。誰よりも強いから。

 不遜に君臨し、眉を動かさずなにもかもを受け止める。
 民が求める最強無敵の孤高の魔王であればいい。

 一人で全て耐えるから。
 だからいつか──〝もういいんだ〟と、言ってくれ。

 誰かが隣に居てくれるまで……強いつもり・・・で、頑張るから。

 主人公になれない。魔王にしかなれない自分を、誰か許してくれ。


 ふぅ、と息を吐く。
 仕事をする気力がない。

 冷えた机に頬を当てぼう、とするアゼルの視線の先には、紙に包まれた割れたカップの破片があった。

『申し訳ございません、魔王様。大事なティーカップを割ってしまい……処罰はいかようにも』
『……別に、どうでもいい。下がれ』

 数刻前、アゼルの目の前には、割れた破片を差し出して頭を下げていた、鬼の従魔がいた。

 本当はアゼルがいつも使っているそのカップが、わざと砕かれたことを知っている。
 アゼルが怒らないから、肝試しに使ったのだ。

 鬼という種族は比較的上位の魔族である。
 腑抜けた主ならばそれに仕える従魔なんて、真面目にやらないのは仕方がない。

 この頃のアゼルはまだ眷属を作っていなかったので、彼の身の回りの世話は従魔達がしていたのだ。

 それ故に、ため息が胸の中に溜まり、体が泥のように重くなる。

 今回砕かれたカップ。

 それは、多くは語らないがいつも微笑みを浮かべて自分を眺める、不死鳥の贈り物だった。

 人目を忍んで一人で過ごすティータイムは、心の安らぎだ。

 カップはアゼルの楽しみを察した宰相の、彩りを添えようという気遣いである。

 けれどプレゼントを贈る理由を理論的にしか学んでいないアゼルには、突然の贈り物の理由など、よくわからない。

「…………」

 だが、割れてしまったのは、悲しかった。

 アゼルは黙り込んだまま、視線で名残惜しく破片を慰める。

 書類仕事にももう慣れた。
 しかし上がってくる書類にミスが多く、アゼルが政治に明るくないと広まったのか、不明瞭な資金申請が後を絶たない。

 もはやなにかしらがある前提で疑って精査しているので、精神の摩耗が酷かった。

 嫌がらせのように魔王様がと押し付けられる仕事の量は、日ごと増えていく。

 それでもアゼルは一人で捌いていた。

 どんなに仕事が多くても文句を言わずに淡々と処理をするものだから、人に任せるシステムなんて作る思考もない。

 日々の疲労と増していく孤独。

 ライゼンの心配りが砕け散ったことで一際ボロボロの心は、少しつつけば崩れ落ちるだろう。


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