本日のディナーは勇者さんです。

木樫

文字の大きさ
上 下
310 / 901
閑話 水底から見た夜明け

03

しおりを挟む


 そんな周りが魔物だけの環境が故郷。

 ならばアゼルが耳にする言語は、魔物語だけなのが道理だった。

 まず人語を知らないアゼルにとって、魔族は普段使わない魔物語を普通の言葉として認識するのは、当然の理である。

 だから、魔王となって惹かれるままに魔王城へ向かった時──初めて人語で語りかけられたアゼルは、自分の意志を伝えられなかったのだ。


 ◇


 ──ガタン、と机と自分の額がぶつかる音がした。

 もう何日も寝ていないせいで、抗えない眠気の波がやって来たのだろう。

 効率を考えて明かりを消すと、室内は惨めな自分を包み込む闇に侵される。

 背後にある大きな窓からの月明かりだけが、書類だらけの書斎机に突っ伏したアゼルを、優しく照らしてくれた。

 ──物語の世界に憧れた。

 魔物として生きていた彼が紋章の本能に従い魔王城へ駆けてきたのは、そんな幼稚な理由なのだ。

 馬鹿らしいだろう?
 百年もの月日が経たないと、寂しいという自分の気持ちに気づかなかったのだ。

 蓋を開けてみれば、出迎えの魔族達の言葉がわからない。
 それ以前に、観察するような視線に戸惑ってならない。

 人に見られて初めて、自分の姿や振る舞いの見栄えが気がかりになった。

 見栄っ張りな自分はたった一度笑われたことが恥ずかしくて、恐ろしくて、ほんの一瞬だけ漏らした言葉を噤んだきり、黙りこくる。

 どうしていいかわからずに黙り込むと、訝しげな視線で埋め尽くされる。
 それがよりいっそうの戸惑いを連れてきた。

 そんな彼の戸惑いに気がつき、魔物語で案内をしたのは、今代宰相であるライゼンだけであった。

 気遣ってくれたライゼンに迷惑をかけたくないと思ったから、アゼルは自分の不出来を一刻も早く正すため、今は黙ることにしたのだ。

 それからの日々は、未知との遭遇ばかりだった。

 襲い来る不慣れと知らない物事の連続で、不安になった心が感情に揺さぶられ、無意識に目の力を使ってしまう。

 アゼルの知らないことだが、常に威圧するスキルがあったことも起因した。

 恐怖を煽る魔眼に当てられた城の魔族達は、アゼルに畏怖の目線で突き刺される痛みを教えてしまったのだ。

 幸い、アゼルは器用な男だった。

 話を聞いて行動と照らし合わせ、魔族の言葉を理解した。

 国の歴史や成り立ち、常識、感情についても密かに本を読み、寝る間を惜しんで勉強した。

 だが、怯えられ、遠巻きにされる恐怖が、初めてうけた他者からの複雑な感情だったことに変わりはない。

 それは見かけと違い酷く幼いままの情緒を持つ彼を、どんどん丸め込んでいく。

 怒らず、従順。
 物静かで笑わない。

 どうにか生活に慣れた頃には、アゼルはすっかり穏和な魔王──裏では無能な魔王と揶揄されていたのだ。

「…………」

 カタン、とペンを置いた。

 他者からもたらされる言葉と視線の痛みに彩られ、アゼルはついに仕事の手を止め、やるせない気持ちで机に張り付く。

 魔境で見つけた物語──本の中では、主人公は最後に、必ず幸せになった。

 黙って耐えれば見出され、努力を認められ、悲しんでいれば必ず誰かが慰めてくれる。

 優しい世界に憧れた。
 他人は優しい。他人がいるとあたたかい。

 個人ではなく他人と寄り添えれば、それは仲間になる。仲間がいれば幸せになれる。

「……なんで、できないんだ」

 なのに──どうしてまだ、一人なんだ。


しおりを挟む
感想 215

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

処理中です...