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閑話 水底から見た夜明け
02
しおりを挟む──初めて魔王城にやってきて、ここがこれから貴方の居場所ですと言われた日のことだ。
そう言われたアゼルは、一度も言葉を発することがなかった。
魔族とは、人語を解する知能がある、魔物より上位な存在である。
姿形は関係なく、魔物語以外の共通語を理解できる魔力を持った、知的生命体をさすのだ。
便宜上そういう定義を設けられている。
諸説他にもあるが、これが一般的な定義。
──彼は、魔物だった。
アゼリディアス・ナイルゴウンは、物心がつく頃には既に一人、魔界の果て、砂漠の向こうの魔境で生きていた。
そこに住む魔物は全てが巨大で、獰猛かつ凶悪な、弱肉強食の世界。
その生態系の頂点にいたのだ。
最も強かったために、アゼルはいつの間にか自分の種族の群れの長として祭り上げられて、そうある。
そうして本人も気付かぬうちに一線を画され、気ままに一人で百年生きてきた。
生きていくのに快適な住処は、なぜか既にそこにあった。
何世帯か分の家々が無人で立ち並ぶそこが、アゼルの住処だ。
仲間の魔族は一人もいないのに、住処はある。
おかしな話だが、自分以外の魔族が存在していることなどアゼルは知らない。
住処にあった書物で、文字を勉強した。
子供がいたのか児童書もあり、時間は山程あったので住処の書物を読みふけった。
自分の名前を知ったのも、そのあたりの時期だ。持ち物にそれらしい文字があった。何十年かかったか。
だが言葉は──わからなかった。
魔物の言葉は生まれつきわかったのだ。
魔物言語というスキルがあることを知らなかったが、それのおかげである。
それに感情も情緒も薄い魔物達はカタコトだが、仲間と会話をしていた。
『ネムイ』
『ハラヘッタ』
『ウルサイ』
『サムイ』
その程度の本能を基盤にした単純な感情の赴くものだが、仲間がいるのだから、愛の言葉を吐くこともある。
『スキ』
『スキ』
『スイコロス』
『コロシテイイ』
アォンアォンとしか聞こえない鳴き声を、アゼルは言葉として認識していた。
なるほど。〝好き〟は好意を持つという意味だ。
なら〝吸い殺して〟は、愛の言葉か。
それらの言葉を伝えあっていた個体は大抵その後番っていたので、所謂殺し文句を理解したりもした。
食料に過ぎない魔物だが、彼らは仲間となら話をし、面白おかしく暮らしている。
アゼルは群れをなして暮らす自分の同種の話を、いつも気配を消して聞いていた。
知的好奇心が旺盛で勉強熱心な性格のせいでもある。理解し、自分のものにした。
そしてアゼルは自分もと、番える相手を得ることに憧れてみたりしていたのだ。
だが、……諦めても、いた。
アゼルは自分以外に似た姿をした生き物を見たことがない。孤独と孤高はよく似ている。
道具や住居があるのに自分一人取り残されていた意味が、わからないことは救いだった。
同種であるクドラキオンであっても、魔物はアゼルを見ると一目散に逃げていく。
理由はわからなかったが、王になってからそれを知った。怖いという理由だ。
怖がられると、ひとりぼっちになる
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