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四皿目 絵画王子
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しおりを挟むお互いのみっともないところも全部曝け出した、格好悪くて、無様で、必死で、情けない俺達。
迷って疑い、嫌だと駄々をこね、満身創痍にならないと抱き合うことも叶わないなんて。
半透明ではない力強い腕だ。
王子様のように繊細ではない、荒々しい抱擁は、痛いくらいだった。
こうして、スマートな言い回しなんてできないお前は、この腕に全てを込める。
不器用な魔王の腕の中。
そこに収まった俺は、張り詰めていた糸が全て解け落ちた安心感で、全身に熱が入った。
帰ってきた──やっとだ。
ここが俺の居場所。
自分の価値を見失った時にも、お前は走り続け、俺を抱きしめてくれたな。
あの時の気持ちと同じだ。
同じであって、そして更に強固だ。
懸命に腕を回して、もう二度と離すものかと誓う。
こみあげて来る本物の幸福に、心から体中が満たされている。
愛されると言うのはこういう心地だった。
お前に愛されている限り、誰にも譲れないもの。
「……っも、好きだ……っおれも好きだ……っほんとにほんとに、おまえだけ、おまえが好きっぁ、あぁぁ……っ」
言えなかった分を埋めるように、俺達は抱き合って声を上げた。
「こ、こわかったっ、失うと、っふ、おもった……っ血の中でお前がっ、ひっぅ、ぁ……っ俺、お、前がいないと……っだめ、ダメなんだっ……! 急に、なにも感じなくなって……っ」
「うっ、ぁっこわっ……っおれ、おれも……っ! こわ、かっ……っはっ、っ……お前じゃない、やつに……っふ、触られるの、嫌だった……っ! おっおれもう、お前以外愛せないんだ……っ」
恥も外聞もごちゃごちゃしたものを全部取っぱらった嗚咽混じりの泣き言が、二人分響く。
あぁ、やっぱり、俺達は二人じゃないと、だめだな。
同じ気持ちで寄り添っていないと、まともに笑えもしないんだから。
お互いがお互いに相手には幸せな気持ちだけを、と、格好をつけたがったから、気持ちが見えなくなるとすぐに不安になって、世界がどんどん色褪せる。
お互いが一緒でなければ、世界の色がなくなる。それでも死ぬことはない。
だがもしあのまま離れ離れに生きていたとしても、二人で見ていた景色より綺麗な世界は、決して見られないだろう。
見えない気持ちを全部吐き出した。
余裕なんてない。
もがいてもがいて血にまみれて譲れないと抗うことを、怒りも悲しみも嫉妬も全部、感じていたことを、全部を相手に渡した。
もちろん、それは怖い。
今はよくても、この先それが嫌になるかも知れない。
だけどこれからは、前よりもっとお前をたくさん愛せる。
前よりもっと、好きになる。
それって、言わないよりもずっと素敵なことだろう?
喧嘩をしないと仲直りができない。
不安にならないと安心に気付けない。
言葉の大切さ。口にするそれは自分の心。それを言葉にして相手に渡す。
心をちぎって跪き、お前に差し出す俺が姫。
それを受け取り、同じだけを受け取れと抱きしめ、心臓を隣り合わせて共に生きるお前が王子。
ポロポロと泣きじゃくって好きだと言い合い子供のようにしがみつき合う、ロマンチックとは程遠い不格好な王子と姫だが。
これが俺達らしいハッピーエンド。
俺の心は俺のもの。俺の愛する人は一人だけ。
──俺の愛する人は、絵画も妬む王子様。
四皿目 完食
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