上 下
285 / 901
四皿目 絵画王子

43

しおりを挟む


「お前はさっき、この先もお前を人質に取られたら死んでしまうかもしれない俺を、それでも離してやれないと泣いただろ? 今まで知らなかった自分の独占欲が、醜く汚いと、苦しんだだろ?」

 俺はアゼルにされているのと同じように、神秘的なまでに濡れていく頬を、そっと両手で包み、温めた。

 泣かないでくれ。
 お前が涙すると、俺の心臓は急かし始めるのだ。

 どうかいつも暖かであってほしいと、願わずにはいられない。

 月明かりだけが俺達を照らす静かな部屋で、弱りきった身体を触れ合わせ、お互いの湧き上がる綺麗なだけじゃない愛を語る。

 愛情が過ぎると動けなくなる。
 どちらかの愛がわからなくなればすれ違い、疑心暗鬼になる。

 愛しているから、愛してほしいから。
 もう愛していないなんて、信じたくなくて抗うのだ。

 唇を震わせるたびに瞳を潤ませ、ついに泣き出したアゼルは、ヒク、と喉を鳴らした。

 薄皮一枚の仮面もない、ありのままくしゃくしゃに歪んだ表情は……やはり、美しいのだ。

「俺、な。……お……お前が、アイツを愛していると言った時、……お前を殺そうと、思った」
「…………」
「お前が泣いて、すぐに我に返った……でも、嘘じゃない。本気で、盗られるなら、縛り付けても死んでしまうなら、いっそこの手で殺してしまおうと、思ったんだ……」

 アゼルは泣きながら謝る。
 ガタガタと震える白い手。

 怯えられるからとアゼルが隠していた、愛情の裏返しの根底だ。

 深すぎる愛は黒く染まることを、懺悔のように告げられる。

 本当に、どうあっても、殺してでも、誰かに渡すことはできなかった、と。

 アゼルは俺が自分の思いを責め立てているから、そんなことはないと言う言葉だけで否定するのではなく、自分の隠していた心を明かしてくれた。

 余裕のない、綺麗なだけではない部分。

 そこを明かすのは誰だって怖い筈なのに、素直に胸の内を告げることがうまくできないアゼルが、自ら明かしてくれたのだ。

「俺のほうが……っく、ずっと前から、ふ、意地汚く愛してるんだよ……っ」

 零れた涙が、俺の手に染み渡る。

 目は逸らされなかった。
 自分を恥じながらも、じっと俺を見つめる瞳が、見据える。

 泣きながら、アゼルは下手くそな笑みを浮かべた。ちっとも笑えてない。

 だが、俺も同じ、くしゃくしゃと崩れた、下手くそな笑顔を見せた。

 些細なことで不安になるのは、それだけ終わりが耐え難いからだ。

 愛する人を殺しかけたのはお前で、俺は愛する人を殺させかけた。

 きっと、それはお互いに怖い愛なのだろう。──だけど。

「そ、な……俺が、こわくなったか……? 俺の気持ちは、汚くて、醜いか……?」
「馬鹿……全然だ。むしろ、構わないと思った。俺が弱くて……お前の枷になって誰かに殺されるなら……その時は、お前に殺されたい……」
「っ…そう、だろ……? だから……お前の離したくないって我儘は……俺は、すごく嬉しい」
「うん」
「……綺麗だ、お前は」
「うん」
「──……ッ、シャル……っ、好きだ……っ!」

 その言葉と共に、堰を切った衝動のまま、もう離さないと強く抱きしめられた。



しおりを挟む
感想 215

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

処理中です...