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四皿目 絵画王子

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 アゼルは言葉と行動が真逆の俺がなにがしたいのか、俺の本当がどこにあるのかを、理解できなくなったのだ。

 今まで見てきた俺は嘘で、アゼルを嘲笑っているのかとすら思ってしまった。

 揺らがない程俺に愛されている自覚があれば、本来する筈のないことをする俺が異常だと、すぐに気がついたはずだと。

 焦燥で怒鳴り散らしたりせず、愛情の確認より、解呪の方法を探せたはずだと。

 なのに間抜けにもこうして話してもらえるまで真相を知らず、役にも立たないのに、眠る俺を見ていることしかできない。

「おかしな話だぜ。そうだろ? あの絵画の幽霊が俺を貶めて、これみよがしに奪う為に狙われたお前が……誰よりも、ボロボロじゃねぇか……」
「ん……」

 額を合わせて見つめ合う答え合わせは、アゼルの瞳から、やはり綺麗な心を伝えた。

 身勝手に妬んだ、あの絵画が諸悪。
 絵画に妬まれたアゼルに、当てつけるのが根源。

 誰にも異常を告げられなくされ、一人で足掻き続けた最後にアゼルに切り刻まれた俺は、とばっちりを受けた。

 でも俺にとっては、とばっちりなんかではない。

 大切なアゼルの問題なら、俺の問題だ。

 俺は問題からアゼルを守りたい。
 守られるだけではなく守り合うのが、夫夫。俺は伴侶失格だ。

 そう言うと、アゼルは首を横に振る。

「違う……裏切りなんじゃないかと疑うのが馬鹿なくらい、お前はいつだって、わざとわかりやすく愛してくれていた。疑った俺が、弱かった」
「馬鹿を言うな……見えないものは、怖いに決まってる……」
「お前だけは、怖くない。真っ直ぐで、正直者で、嘘を吐くのが下手くそで、我慢ばかり覚えたから……お前の嘘の吐き方は、あんなにも透明なんだろ? 透明なお前が、黒くなることを強いられている。それがどれだけ痛いのか」
「買い被りすぎだ……」
「シャル。お前は──……強かったから、一番に傷ついて、そして一番、自分を責めてるんだ」

 否定する俺に、そんなお前のどこが独りよがりなんだと、アゼルは訴えた。

 夜の静けさと濃厚な黄の月明かりが、俺達を包み込み、代わりに邪魔なものをとっぱらっていく。

「……お前の言う薄汚れた過去とか、醜い感情とかを、俺は何倍も黒く煮詰めて、腹に溜めてる」
「アゼル……」
「俺は、誰かを殺して胸を痛めたことなんか、ねぇんだ。この間も、たくさん人間の軍隊を斬り殺した。あの幽霊が現れた時も、まず殺意を向けるような男だ。俺は本当に……大切なやつ以外は、もうシャットアウトしてんだよ」

 言葉を紡ぐたび、痛そうに、俺の様子を伺うように、ゆっくりと瞬きをしながら、アゼルはそれでも隠していた黒い感情を吐き出す。

 触れる額が、頬の手が、温かい。

 同じ体温を共有しているのに、アゼルは俺のように自分より人を優先できないと言った。

 俺でさえも、譲れないと言った。

「俺は呪いや制約なんて知らなかった時、お前の心変わりを懸念した。だが自分本位の俺は……お前を縛り付けて、どこかに詰め込んで隠してしまおうと、思って、た」
「…………」
「そしてそれは……今も、変わらねぇ」
「っ……」

 ポトリ、ポトリ。
 熱い雫が流れ落ちる。

 綺麗な男の醜い告白の苦痛を、物語るように流れ落ちる。



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