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四皿目 絵画王子
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しおりを挟むそれに事実、もう少し遅ければ、死んでいたぐらいの怪我だった。
アゼルの魔法が止血だけでも成功させていたのが、幸いしたのだ。
不死鳥のライゼンさんという回復魔法のエキスパートを持ってしても、完全に幾つも切断された身体を綺麗に戻すのは、難しい。
致命傷でなければまだ安心できたが、出血と胴体の損傷が酷かったみたいだ。
一度は呼吸も止まっていた。
俺が人間というのも、かなりまずかった。
魔族より断然生命力が弱いのだ。
生命力が弱ければ、いくら増幅させても回復は遅くなる。
頑丈な魔族は、治癒魔法が得意な種族が少ない。
だがその数少ない種族のライゼンさんが完全治癒の魔法を必死にかけ、俺はようやく五体満足となり、別棟であるこの部屋に安置された。
完全治癒は数えるくらいしか使い手のいない、失った細かな肉片や血液ごと戻す魔法。
彼がいなければ死んでいた俺は、一命をとりとめ──今日までの一週間、目を覚まさなかった。
「そうか……」
俺は一週間、眠り続けていた。
だからこんなに見窄らしい身体なのか。
トン、トンと、話しながらも絶えず俺の心を落ち着けようと宥められる温かい手によって、透明な涙は徐々に収まった。
まだ赤くなった目には水分が滲んではいるものの、アゼルの胸に幼い子供のように身体を預けていると、ようやく自嘲ばかりしていた胸の内が落ち着き始める。
「シャル……今度は、お前の番だ」
アゼルは俺を抱きしめながら、意を決したように耳元へ唇を寄せた。
恐る恐ると言った具合にそれは動き出し、互いの胸の内がわからなくなっていた俺達は、理解しようと寄り添う。
「お前が、倒れる前に言った言葉が……お前の、本当……なんだな……。なら他は、嘘、だったのか……?」
俺が言った──言葉。
『俺の愛する人は……アゼル……この気持ちだけは俺の、真実……』
そうだ。
取り返したかけがえのない想い。
感情までもがなにもかも奪われてしまった俺の、ただ一つどうしても譲れないモノ。
その結果が、今だ。
俺は表情を曇らせ、頬を寄せていたアゼルの胸に手を当て、少し浮かせる。
すると澄んだその瞳と、見つめ合うことができた。
月明かりに照らされる雪のような顔が消えてしまいそうに思う。
本当に……酷い顔をしてるな。
隈が酷い。髪もボサボサで、肌も血の気が失せた白だ。
今にも倒れそうな酷い顔色じゃないか。それに、痩せた。
眠るアゼルを見つけた時の胸の痛みがぶり返して、再びツ……、と涙が頬を伝う。
アゼルはすぐにその涙を拭ってくれた。
ほらまた、お前はいつでも俺のことばかり。
「そう。他を選ぶなんて、例え操られて残ったのが心の残りカスだけでも、泣いてしまうほど……あれだけは譲れなかった……」
「は……操られて……? 誰もが恋に落ちる絵画の呪いじゃ、なく……? 意識が、あったのか……?」
「あったとも……記憶も、全てある……お前に酷いことをした。……でも目が覚めて、お前を見つけて……後悔した。俺を愛してこんなに窶れてしまうなら、やっぱり俺はお前の足枷。弱点だ」
俺はポツポツと、初めておかしくなった時からの俺の行動、本音、懺悔、すべてを包み隠さず話した。
あの夜の始まり。
混乱し不安を隠せないお前に、どんな気持ちで立ちはだかったのか。
心を薄めてくれと冗談めかして、本当の心は、どんな気持ちでそれを頼んだか。
目が覚めて、身体を操られた時の恐怖。
振りほどけない抱擁とキス。
すげ替えられる言葉の悔しさ。
伝えられないもどかしさ。
自らの言葉が、行動が、愛する人を傷つけていくのを、まざまざと自分自身の目線で見せつけられる、抗えない苦痛。
それでも信じて愛し続けるお前。
信じただけ命じられるがまま裏切る俺。
傷つけるとわかっていたのに手放すこともできず、信じてくれとしか言わなかった。
身を引くことなんてできない。
お前の隣にいたいと足掻くばかり。
浮き彫りになったのは、自分の無様で醜い、執着という愛情だった。
挙げ句の果てにはむざむざとバラバラになって、悲しませて、心配させて。
なによりも強いお前が、迂闊で馬鹿正直で宝物さえ守れない弱い俺を愛してしまったが為に、こうして自分を消費する。
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