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四皿目 絵画王子
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しおりを挟むピエロの中身は、俺だ。
仮面の下で、涙を流して、自分の体に、杭を打ち付ける。
誰よりも幸せになってほしい人に、一番裏切ってはいけない俺が、残酷な裏切りを重ねるショー。
絶対に裏切らない筈の俺の裏切りを知って、もう、前のままの甘いだけの気持ちではいられないだろう。
「……、は……」
アゼルの膝に縋りながら、声を出さないように、涙を流し続ける。
心が通じなくなったことで、誰かを愛することとは、幸せだけじゃないことを思い出した。
気持ちの変化を見つけると不安になって、嫌な想像で前に進めなくなる。
焦りと混乱で余計に泥沼に埋まって、身動きが取れなくなり、最低の結末を迎える。
あぁ、今までの俺は、なんて夢のような愛を抱いていたんだ。
愛してる、愛してると、馬鹿の一つ覚えのように幸福だけをかき集めた日々が、奇跡的だと思う。
絵画一つであっけなく揺らぐ絆は、愛しているからであり、愛していないからでもある。
本当に滑稽だな。
お前は宝物だと言った俺を守りきったのに、俺はお前を守れず踏み躙った。
「……アゼル……ごめんな……」
塩辛い水分を吸ってどんどんと色を変えていくブランケットに、小さな声で懺悔した。
俺は……自信が、なくなった。
お前に愛される自信が。
前だけ見てきたはずなのに、怖い……自分に最低な部分があると、後ろしか、見えない。
自己嫌悪し、立ち止まって、蹲って……無様で、惨めだ。ゴミクズだ。
「怖い……みっともないことばかり……汚い、感情ばかり……不安で、ドロドロの……俺の……お前とは比べ物にならない、自分のエゴに塗れた愛……なんて……」
囈言のような言葉が、止まらない。
ブランケットに顔を埋め、目を閉じて弱音を吐く。
汚い俺を愛し続けると、綺麗なアゼルは今回のように傷ついてしまう。
だって、俺が関わらなければ凛と立つアゼルがこうも疲弊しきっている姿の理由は、いやでも想像がついた。
俺が自ら飛び込んだのに、俺を刻んだからと、アゼルはこんなに窶れてしまったんだろう。
いつだってひ弱な俺が傷をつけられると、守れなかったと自分を責めるんだ。
誰よりも強いのに、俺を盾にされると手も足も出なくなる。俺は足手まとい。身に染みてわかった。
弱いことは罪ではない。
けれど、弱い俺を大切に思う人が、代わりに傷を負うのが道理だ。
なのに俺は、離れたくないと思っている。
この指輪は俺のもので、アゼルの指には俺の指輪しか許せないと、思っている。
「リシャールじゃ、ダメだ……お前以外じゃ、満たされない……」
絞り出すような声で願う。
こんな、みっともない独占欲。
泣いて縋ってでも俺をと願う、不格好な愛。
俺はこんなの、お前を好きになるまで知らなかった。
嫌われたかもしれないと、怯えるこんな気持ちも、あれだけの仕打ちをしておいて図々しく膝に縋りつく、浅ましい衝動も。
知らなかった。
知ってしまった。
見窄らしくなった腕を、懸命にアゼルの身体に這わせる。
「わかっていても一緒にいたい……お前だけが俺の、愛する王子……だから……」
服を掴んで、止まらない涙で濡らしながら、綺麗なだけじゃいられない自分の心を、月夜に任せて弱々しく吐露する秘めごと。
「……それじゃあ、俺の姫なら王子の腕の中で泣いたりするなよ」
「っ、」
悲しそうな、祈るような響きで、意識を失う前にも聞いた低く愛おしい声が、耳朶をくすぐり届く。
それと同時にふわりと枯れ木のような身体が抱えられ、俺は縋りついていた膝の上に乗せられ、優しく抱きしめられた。
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