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四皿目 絵画王子
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バタン、と扉の閉じる音がして、瞼が震える。
やけに重たい瞼をどうにか動かしゆるりと目を開くと、見慣れない天井が暗闇の中に浮かんでいた。
(今は……夜、か……?)
眩いほどの月明かりが差し込んでいる。
体に触れる温かいシーツ。どうやらベッドに沈んでいるようだ。
全身が痛くて、瞬きをするのも気だるい。酷く喉が渇いて、意識も疎らだ。
(俺は……俺は、確か……身体を切り裂かれて死んだんじゃ……、っそうだ、)
「……ぁ、ぜ…る……」
記憶が蘇ると共に絞り出した声は、随分と掠れていて、二の句を告ごうとしてもコホコホと咳き込んでしまう。
意識にかかった霞を晴らし、よろめきながらもなんとか身体を起こした。
なんだか、腕が細く干からびてる気がする。あぁ、あまりつきにくい体質なのに、また筋肉をつけ直さないと。
なかなか動かない脳がくだらないことを考えた。
思考を追い出して、周りに視線を飛ばす。
「ン……」
そしてベッドのすぐそばで探し求めていた存在を見つけ、俺の心は喜びに溢れた。
アゼル。
よかった、無事だった。
椅子の背もたれにだらりともたれかかって眠る彼には、ブランケットが被せられている。
無傷に見えるが、閉じた目の下には濃い隈があった。
夜の室内が薄暗いせいか、肌も青白い。
魔の王である彼が見たことがないくらい窶れていて、寝苦しそうに眉を寄せ、眠っていた。
恐らく、殆ど眠っていなかったのだ。
食事も取っていないのかもしれない。
四散したはずの体より、ズキズキと痛む胸。痛ましい姿に、悲しくてたまらなくなる。
死んだ筈の俺は、どれくらい眠っていたのだろうか。
そおっと、ゆっくり、ベッドに腰掛ける。
自分の身体を見下ろしてみると、完全に切断されていた手も足も、指も、半分裂けて内臓が見えていた胴も、見窄らしくなってはいたが綺麗に戻っていた。
俺はアゼルに触れたくて、立ち上がろうと膝に力を込める。
だが乾いて筋力の落ちた身体は、糸の切れた操り人形のようにドサッ、とカーペットの上に倒れ込んだ。
「ゔ、ぁ……」
ふかふかのカーペットが衝撃を緩和してくれたが、少し痛い。
いつもの俺たちの部屋じゃない、知らない部屋の中にいる。
ふらりと這うようにして進み、アゼルが座る椅子の手すりを掴んだ。
それを支えに、どうにかアゼルの膝に上体を預け、その暖かみに頬を寄せて。
「……生きてる……」
ポタリと、ブランケットにシミができた。
──もう駄目だと思った。
心までリシャールの姫になって、お前じゃない人に愛を感じ、全てが操作されるのだ。
操られたまま盲目的に献身していたあの記憶は、解放された今も、俺の胸にどす黒い楔のように突き刺さっている。
アゼルを傷つけた。
それは意思でなくとも、恐ろしい。
自分への愛をまるごと他へ移した不貞な俺なのに、盾にされると刃を止め、しかし諦めることも出来ず、信じ続けたあの姿。
耐えられなくて魔力が暴走してしまう程に殺意を抱いていたはずが、リシャールを闇に葬れば契約の力で俺が死んでしまうと知って、身を削る思いで攻撃を抑えた。
愛おしそうに憎い幽霊に寄り添う裏切り者の自分の妃を、アゼルはそれでも「返してくれ」と頼み込んだ。
俺が矛盾する心に耐えきれずに泣くと、必死にリシャールに俺の悲しみを取り除いてくれと、叫ぶ。
本当は自分が駆け寄り涙を拭いたかったのに、叶わないからと。
天使が作った呪いのような愛じゃない。
信じられない筈だ。
俺が愛していると言ったこれまでの日々が紛い物なわけがないと、理解できなくとも信じ続ける真っ直ぐな愛。
怒りも悲しみも自分の気持ちは全部我慢して、最後までお前は、俺のことばかり。
そんなお前に、強制される力に抗うことができず、酷い仕打ちばかりした俺の、なんて滑稽なことか。
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