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四皿目 絵画王子
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しおりを挟むそれは偶然だらけの、一瞬の隙だ。
言葉を吐き出しながらも飛び出したのは、俺のほうが早かった。
愛する者の大切な絵画の危機に、聖法は忠実に俺の身体を操作し、攻撃から守ろうとなによりも早く動かす。
だが、アゼルとて動き出している。
俺を一瞬で葬ることができる彼のほうが、後出しで追いかけながらも暴走する魔力をかき集めて魔法を放つのが、早かったのだ。
『なにを……ッ!? やめろッ!』
僅かに揺らいでしまったリシャールが再度実体を明確に持つ。
けれど異常に気がついて叫び出したところで、そんな制止はなにより手遅れだ。
ほんの一呼吸程度の時間に、走り出す俺と、魔法を放つアゼルと、制止するリシャールが重なっていった。
ドクン、ドクン、と、痛みを訴えていた心臓の音が、耳の奥で木霊する。
昨晩散らかしてしまったバスタオルの山で覆い隠した絵画を、無数の細かな闇の刃が襲う瞬間。
スローモーションの世界だ。
守らなければと、俺は躊躇なく洗面所へ飛び込む。
その腕は正確に放たれた魔法によって舞い散る真っ白な布と、黒い刃で切りつけられ無様に転がる絵画には、届かない。
それでも、俺の体は止まることができなくて。
(ぁ……)
それは全てが重なり、カメラのシャッターが何枚も世界を切り取るような、刹那を繰り返す長い時間だった。
──絵画に降り注いでいた刃が、俺の体をもろともに切り裂いた。
パッと花開くように飛び散った真っ赤な俺の血が、洗面所も絵画も全てを赤く染め上げる。
(あそこに見えているのはなんだ? 俺の腕か。足は……あぁ、足首から先が転がっているじゃないか……)
ドサッと、糸が切れた人形のように、倒れ込む。手足が自由になったというのに、立ち上がることができないのだ。
だが四肢が切り刻まれても、俺は溢れ出ていた涙を緩やかに収め、安堵に身を委ねながら笑った。
「シャル──……っ!」
血だまりに沈む俺を呼んだのは、劈くような悲壮に溢れた愛おしい声だ。
(アゼル……たくさん……傷つけて、ごめんな……)
裏切って、無様で、救いようがないダメな俺。お前の信頼に頼るしかない、最低の俺。
泣かせてばかりの俺。
意気地なしの、臆病な俺。
謝っても許してくれないかもしれない。
もうお前は以前のように、笑ってくれないかもしれない。
だけどお前は、こんなにも血塗れになり、みっともなく足掻いても、諦めることなんて出来なかったたった一つの宝物だ。
「返ってきた……俺の愛する人は……アゼル……この気持ちだけは俺の、真実……」
バラバラになった身体を誰かに抱き寄せられながら、俺は薄れゆく意識を手放した。
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