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四皿目 絵画王子
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しおりを挟む「違う……心変わりなんか、信じない……俺、攻撃しねぇから、いうことを聞くから……頼む、返してくれ……返してください……痛い、痛いのに、そばに、いたい……」
『ふむ……もう、壊れてしまったのかな? 魔王が姫を殺すなんて、瞬きするほど簡単な筈なのに……盾にするだけで、惨めに縋ることしかできなくなるとは』
リシャールは初めの頃と別人のように、剣呑な目で愉悦に浸る。
そして酷薄に笑いながら、俺の顎を掬って、自分のほうに向けた。
「ン……」
ちゅ、と湿った音を立ててキスされる。
空気の塊だったリシャールの感触が、あの時よりずっと鮮明に、実体を持っているように思えた。
俺に愛されることで、存在を確かにしていく。
嬉しくて、そっと離れた彼にニコリと笑みを返した。
気持ち悪い。
……わけない。のに。
微笑む俺の頬をなでて、リシャールは表情を歪めてアゼルに勝ち誇った顔を向けた。
そこに当初の王子様のような雰囲気はない。それでも俺は違和感すら感じない。
『先程滑稽に怒鳴り合っていた君達に、いいことを教えてあげよう。本当にたまたまこの子が私の姫に選ばれたと思うのか?』
「……宝物庫で……お前を見つけて……好きになった……から、選び取って連れ出した……そうだろ……?」
『魔王はロマンチストなんだな』
まぁ、私は大好きだよそういうの、と、リシャールは笑う。
しかしアゼルはそんなことはどうでもいいとばかりに、光のない瞳で気の毒な程ふらついた。
うん。そうだ。俺がたまたま見つけた絵画がリシャールだった。
そしてたまたま契約の言葉を吐いてしまった。
だが今はそれもいい思い出だ。
よくあるじゃないか、奇妙な理由で邂逅した相手が運命の人になるだなんて。
それこそ物語の姫のような、運命的な出会いだろう?
天井についた亀裂で、明かりの魔法を閉じ込めるガラス球がパリンッと破裂し、離れたところで降り注ぐ音がする。誰も動かない。
『私は〝愛する王子〟。誰よりも真に姫を愛する。そうあれと作られた存在。だが噂のせいで宝物庫に眠らされた、孤独な王子だ。酷いだろう? 私は姫を愛していただけなのに』
「…………」
『だが、近頃現れた足繁く通う魔王の愛はとても深かった。一途で盲目的な、愛の天使の求めたモノで。そんなことは許さない。君の愛する人がそばにやってきた時、私は魅了の聖法を使って手に取らせた』
「ッ……!」
『私の愛こそが真実。幸福。底抜けにお互いを愛する姿が我が作り手の理想』
「理想、だと……?」
『フフフ。で、あれば──あれ程までに君に愛されている存在、奪いたくなるに決まっているだろう? 現に今、見事この子は君を振り払って、私を愛する〝姫〟となった』
突然齎された、リシャールの告白。
それは、俺達を狙った理由だ。
自分以外の理想の愛を、許せないから。
「あ、愛する為に作られたお前より理想的だった俺達が気に食わないから、シャルを奪ったのか……? そんなことの、ために……?」
『然り。魔王が悪いんだよ? あんなに幸せそうに姫を愛しているから、壊したくなるのは仕方ないじゃないか。つまりね、君に愛されていたから、シャルは姫に〝選ばれた〟。この横恋慕は、運命なんかじゃないのさ』
「俺、が……? 俺のせい……?」
アゼルは目を見開いて、話がうまく理解できない様子で混乱したように瞳を揺らす。
俺を選んだのはたまたまじゃなかったのか。
アゼルがリシャールよりも深く愛していたから、気に食わなかったと。
当て付けに俺を奪ったのか。
──八つ当たり。
天使の聖法の力で誰でもと添い遂げられられるリシャールより、聖法を持たない魔王が愛する人と幸せそうなのが、許せない。
理解できないんだな。
縛り付けて愛し合うことしかしていないお前は、気持ちだけで寄り添う俺達が信じられない。
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