271 / 901
四皿目 絵画王子
29
しおりを挟む『だ、そうだよ』
リシャールはうっそりと微笑んで、アゼルに視線をやりながら、抱きしめた俺の首筋にキスをする。
反射的にグッとリシャールに距離を詰めた鎌達は、やはり俺に触れる前に止まった。
俺という存在一つで全ての抵抗を封じられたアゼルは、すっかりだらりと腕を降ろし、人形のような顔でこちらを見ている。
鎌はゆっくりと一つ残らず、俺達から離れて主の中に戻った。
殺意にあふれる威圧感が、それと同時に霧散する。
『君にできることはもう、結界を解いて新しい愛を見つけるか、姫ごと私を闇に葬ることだけだ』
「うるせぇな……信じて、る……んだよ……一番大切な宝物は、俺だと……言った、あの日々が……クソ絵画ごときに、やすやす奪われるわけねぇ、だろ……」
『その思考回路、いっそ素晴らしいな……。これを見ながら未だにそこまでの信頼を寄せられる君の愛は、執着とも言える深さだろう』
耳朶をなでるリシャールの感心したような声に、擽ったくてピクッと体が震えた。
広げていた腕を降ろして、自分の腰に回るリシャールの手に片手を添える。
もう一本の腕は首筋に擦り寄る彼の髪に当て、優しくなでた。
なんて愛しい人。
リシャール、俺の王子様。
アゼルの憎悪と殺意に満ちた視線。
ピシッ、ピシッ、と彼の周囲に亀裂がはいる。
力がコントロールできなくて、ついに魔力も溢れてしまって。
可哀想……。
だけど、ハッピーエンドは二人だけ。
お前がどれ程愛してくれても、俺には一人しか愛せない。ごめんな、アゼル。
『さぁ、いい加減、どうしようもない君は諦めてくれ。それともいっそ、奪われないように姫を殺すか? その時はきっと、姫だけ死んで私は消せないよ。なんてったって、私が望まなければ君は私に触れることもできない』
「っ…………たの、む……」
『ん?』
彼からすると死刑宣告を受け、無表情のまま震えるアゼルはぼう、と笑顔で首を傾げるリシャールを見つめる。
微かな呟きはピシッ、ピシッと亀裂を広げ室内に傷をつけながらも、誰よりも強く、誰にも屈しなかった魔王から、再度発せられた。
「返してくれ……お願いだ……お願い、します……それだけは、とらないでくれ……俺にはそれだけなんだ……お願いします、お願い、します……」
ピシッ、ピシッ。
爪痕のような亀裂は俺とリシャールの周りにも現れ始めた。
アゼルはもう泣いていない。
だが、囈言のような懇願が、悲痛に泣かれるより、俺の胸を痛めつける。
──あれ……どうして……痛い…?
首を傾げて、自分の胸に触れる。
哀れだと思っていても、俺はお前を愛せないのに、なにを痛がることがある?
変に希望を持たせてはいけない。
駆け寄る事も抱きしめることも出来ないのに、俺はどうして胸が痛いのだろうか。
『……たまらないな。あんなに仲睦まじい君たちでも、こうもあっさり心変わりするのだから』
リシャールが、アゼルの懇願を悦にいるような表情で嘲笑う。
心変わり……そうだな。
ごめん、アゼル。ごめん。
あんなに愛し合っていたのに、俺を愛するリシャールだけが愛おしくて、俺はこの手を取るしかないんだ。
34
お気に入りに追加
2,690
あなたにおすすめの小説





鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。


塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる